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近況報告・12月

ファイル 156-1.jpg更新が遅れてしまいました。とうのも1ヶ月間、インド・ネパールを旅していたのです。私にとってはインドもネパールも初めての訪れる国で、人生感を変えるような、本当に濃い1ヶ月間でした。

ファイル 156-2.jpg小学生の頃、谷川俊太郎さんの詩「朝のリレー」を読んだ時、(なぜだか私は、「カムチャッカの若者が…」の件を「カルカッタの若者が」と間違えて覚えていたのですが)当時は、カムチャッカもメキシコも、ニューヨークも、ローマも、都市の名前は記号的な音でしかなくて、ニューヨークは物凄い大都市で、ローマは大きなコロッセウムがあるといったボンヤリとしたイメージなだけでした。カムチャッカ(カルカッタと思っていたわけですが)にいたっては全く想像がつかず、きっと砂漠が広がってターバンとか頭にまいている若者がいるのかなぐらいファイル 156-3.jpgな想像でした。地球は丸いものだと地球儀を見せられても、世界地図を広げられて日本の位置と大きさを見せられても、それは理解というよりは、漠然とした「そういうものなのか」といった感じで実感にはつながっていませんでした。

私にとっての世界は、小学校と実家、友人の家、公園を中心にした小さな範囲が世界の全てで、それでもその世界は大きく、行ったことがない隣やその隣の駅はちょっとした冒険に近い世界で、同じ時にニューヨークの少女が寝返りうち、メキシコの娘がバスを待っているなんていう世界が存在していることすら、考えたこともありませんでした。

ファイル 156-4.jpg18歳の頃、叔母に姉と共にパリに連れて行ってもらったのが、初めて見る海外でした。あまりのカルチャー・ショックに言葉を失いました。見たことない世界を見た時の衝撃。同じ地球上に、自分の知っている日本とは全く別の世界が広がっていて、暮らしがあって、歴史があってといった事を肌で認識した時の衝撃。もちろん18歳の頃は、テレビや映画、本などを通して海外の生活や文化などを見ていましたファイル 156-5.jpgし、世界の歴史や地理を勉強しているわけで、子供の頃想像していた漠然とした世界というものよりは、もう少し具体的に、知識の上で、世界というものをなんとなく理解していたと思います。それでも、自分の目で見る事で実感に変わった時の衝撃は、本当に強かったです。

少しずつ海外を旅行することで、私の知る世界は広がっていきました。そんな私は、27歳の頃からチェコに住み始めました。旅で見てきた海外の街に、今度は移住する。移住することで、その国の言葉や文化・慣習と、何よりその土地に住む人達と深く関わるようになりました。チェコに住み始めて7年目、今ではチェコが私のホーム・タウンになり、私自身の生きる世界の中心が日本からチェコに移動しました。海外(余談ですが、海外という言葉は本当に島国・日本ならではの表現だなと思います。海の外が外国。)暮らしの中で、故郷日本に対する想いも大きくなりました。今まで普通に生活していた時は考えなかった日本という存在。日本人ということ。

なんだかとても前置きが長くなってしまいました。インドとネパールは私自身初めて訪れる国です。アジアでは、タイと韓国、香港には行ったことがありますが、インドという国はなんだか全く別のものだというイメージが漠然とありました。インドへは数年前からずっと行きたいと思い、なんとか長く行けないものか画策していました。スケジュールを組みだした頃、インドでの悪いニュース等が飛び交い、一時は行くのをやめるかどうか悩みましたが、帰ってきて言えることは、本当に自分の目で見ることができて良かったなってことです。

初めてインドの地に着いて見た世界は、やはり衝撃という言葉でしか表現できませんでした。それは、今までの人生の中で受けてきた衝撃とはちょっと違った質のものでした。人生経験を少しなりにも積んで来たようにも思っていましたが、インドは、そんな私が抱えていた小さな常識を、それは、それは粉々に打ち砕いてくれました。なんと言えばいいんでしょう。インド初心者の私が垣間見たインドに対する感想は、インド=ガンジス川みたいなイメージで、人の祈り、宗教、生死、人も動物も何もかも一杯で、ゴミも多く凄く汚くて、それらを全てひっくるめて、美しく1つになってゆっくり雄大に流れているといったような…。

熱心に祈りを捧げ、沐浴している人とのすぐ隣で、石鹸で泡立てた洗濯物をじゃばじゃば洗っていたり。どちらも気にならないのだろうかと思ってしまう。モーターボートの油。緑色の水。火葬場に群がっている犬達。お悔やみの花を食べている牛。川に死者の灰とともに賽銭をまく人達とその隣で、大きな磁石をつけたつり具のようなものでその賽銭を何とか拾おうとする人達。やはり、どちらも気にならないのだろうかとつくづく思ってしまう。聖なる川ならば、もっと掃除というか、ゴミとか拾って綺麗にすればいいのにと思ってしまう。(日本人的なのかもしれないですが)そんな事を全て飲み込み雄大に流れているガンジス川。乾期だったから水の量は少なかったみたいですが、それでも想像よりずっと広く大きかったです。

そのうち世界一の人口になると言われているインド。掃除している人は沢山見かけたのに、一向に綺麗にならない街。沢山見かけたバイクに5人乗りしている家族。(運転手の前に一人子供、その子供の誇らしげな顔と言ったら、お父さん・運転手、子供2人、お母さん+片腕には赤ちゃん)チャイルドシートって何なのだろうって思う。2車線の道路がなぜか4車線、5車線になっていて、あげくのはてに逆送している車。動き出している列車に飛び乗る人達。その列車の待ち時間は20分以上あったのに、なぜか列車が動き出すと大勢が飛び乗っていた。マイ・毛布を持って旅行しているインド人達。駅構内、本当に何処でも寝ていた。レストラン?屋台に近い食堂の流しの排水溝に逆さまにつまって死んでいたゴキブリ。漫画の世界だけかと思っていた光景。でも、私以外の人は特に気にしている風でもなかった。店の人も、お客さんも普通に手を洗っていた…。騒がしい道路沿いに熟睡している野良犬達。本当に驚くほどの野良犬がいたのも驚いた。そして、どの犬も日本のノラ猫みたいにうまく人間と共存していてかわいらしかった。牛にやぎ、にわとり、猿、溝鼠(線路にみっしりいた)、オウム、リス、沢山の動物が街に溢れていた。書き出していったらキリがない光景を沢山みました。

旅をしている間ずっと谷川俊太郎さんの「朝のリレー」について考えていました。朝をリレーするって、何だか改めて素敵な事だと感じました。この旅を通して、世界は、本当に広いのだということを改めて思い知りました。知らない世界が沢山あって、想像もつかないぐらいの沢山の人が地球上に住んでいて、それぞれの人生と暮らしがある。私達は、お互いのことを知るよしはなく、ましてや、今、遠い国のどこかで目覚めている子供の国も暮らしも全く想像できません。でも、私が今日見送った朝は誰かから受け止めて、今誰かへ送っているのだと思えるのなら、それは素敵な1日の始まりだなと思いました。私達は、各々の小さな世界の下、太陽を見送りながら、大きな地球の上に住んでいるのだなと。

なんだか、とても長く長くまとまりのない文になってしまいました。きっと旅行後の興奮状態が続いているだと思います。製作活動とは少し離れてしまいますが、旅をしている間、感じた事が沢山あったので、少し旅についてもウェブで書こうと思っています。

写真:インドでは全くよくわからないのですが、本当に沢山一緒に写真を撮って欲しいと頼まれました。


近況報告・10月

ファイル 155-1.jpgなんだか、思ったより更新が遅れてしまいました。書きたいことは沢山あったのですが、ポーランドやドイツへ行ったり、書類作業等があったり、病院へ行ったり、家のリフォームをしたり、素敵な本や音楽(最近はAgnes Obel さんの「The Curse」という曲がお気に入りです)に出会ったり、人に会ったりと、なんだかバタバタしていました。もちろん、人形も製作しています。

ファイル 155-2.jpgファイル 155-3.jpgちょっと遅れた報告になってしまいますが、9月26日から10月10日までチェコ(+ハンガリー)に遊びに来てくれた写真家であり、イラストレーション、文章も手がけるマルチなアーテイスト・中 乃波木さん(ノハちゃん)とお母さんで陶芸家・中 十七波さんについて書けたらなと思います。ノハちゃんは、多方面で大活躍している若手アーテイストの一人なので、ぜひぜひ活躍は彼女のページからチェックして頂けたらと思います。>web

ファイル 155-4.jpg中 乃波木さんこと、ノハちゃんは大学卒業後からのが仲良くなったのですが、私から見た彼女は大学在学時代から、とても直進的で、いつも力強く思い描く世界を現実化させるために実行していく力があって、傍目から凄いなあと感じていました。私がチェコへ来てからは連絡を取っていなかったのですが、7年?ぶりに再会した彼女は、大学時代に感じた「直進性」がよりもっと強く鮮麗されていて、挑戦することに対して恐れないその姿勢に、とても刺激を受けました。人それぞれだとは思うのですが、「挑戦する姿勢」は、日々、その意識を研いでやらないと、日々の繰り返しの生活によって、気づかないうちに鈍くなってしまうものだと思うのです。私が、私自身に望む生き方の一つに、「緊張感を持って挑戦する精神」という項目があります。心を鈍らせないよう、意識的に心を研ぐように心がけてはいますが、なかなかに難しいと思うのです。

一緒に「トリスタンとイゾルデ」のプレミアも見に行ってくれて、数日間一緒に過ごすことができて、本当に楽しい経験ができました。そして、なぜノハちゃんがこんなにも強いのか?といった謎が解明しました。とにかくノハちゃんのお母さん、十七波さんが、本当に凄い方なのです!今まで色々な人に出会って来た方だと思うのですが、そういった自分の想像・想定できる枠組みでは語る事は不可能な、スーパーお母さんでした。現在、ノハちゃんが、母・十七波さんについて執筆中みたいなので、あまり具体的な凄すぎる逸話を書くことは避けたいのですが、少しだけ…。

例えば、ノハちゃんが小学校4年生の頃、母一人娘一人で4ヶ月間南米を旅行して、アマゾン川を船で下りながら(たぶん現地の人にまじって?)スイカを下ろしたり積んだりしたことがあるそうです。もう、これだけでは、何が何だかよくわからないとは思いますが、詳しい旅の体験談は、ノハちゃんの本を待った方がいいです。旅の目的の一つは、小学校で勉強できないことを娘に見せたい、体験させたいと思い立ったからだそうです。色々と、学校のシステム等を批判する親御さんはいますが、だからといって、その子に、世界を見せようと、母一人で娘を連れて、アマゾン川まで行くパワフルなお母さんはなかなかいないよな(いや、いないだろな)と驚きました。たまに、海外に住んでいて凄いですね的な事を言われることもありますが、十七波お母様の経験談に比べたら、私が体験した小さな海外苦労話なんかは、アマゾン川でスイカ…の単語がならんだ瞬間に瞬殺な世界です。

いつか、もし子供を授かる事があるとして、子供にどこまでしてあげられるか想像はつきませんが、こんな風に世界へ連れ出すことはできるかな?できたらいいなと、考えてしまいました。そして、そういった沢山の(まだまだ書けない逸話が盛り沢山なのです)経験が、娘・乃波木さんを作ったのだなと感じました。

とにかく、「トリスタン・イゾルデ」が終わって少し感じていた寂しさみたいなものを一気に吹き飛ばしてくれるパワフルな親子でした。いいエネルギーを沢山もらえたので、仕事がんばるぞ!といった感じです。

今回は、とっても長くなってしまいましたが、お知らせが、一つ二つ。
現在、横浜人形の家で開催されている、「ハーバーテイル・ツアー」にほんの少しだけ関わらせて頂きました。アニメーションの製作等のワークショップもあるみたいです!詳しくは、こちらから!
>Infomation

また、今年の1、2月頃、大道具・小道具等で少し関わっていたショート・フィルム「Ukradený polibek」がついにプレミアみたいです。11月7日20:30よりKino Aeroにて。私自身まだ何も見ていないので、どんな仕上げになったか楽しみです。>Infomation

写真・1 製作途中の人形達
写真・2 パワフル中親子
写真・3 今秋の収穫、くるみ!
写真・4 レンガ君!!!


「トリスタンとイゾルデ」のプレミア公演無事終了しました!

ファイル 154-1.jpgファイル 154-2.jpg9月29日に「トリスタンとイゾルテ」のプレミア公演が終了しました。これで、2013年の夏の戦いに一区切りつきました。そういえば、昨年の9月29日は「金のさかな」がリベレッツにあるナイブニー劇場上演されていたなーと思い出したり。去年も、かなり戦った夏だったなー。

個人的なことですが、私にとって9月29日は大切な祖父の誕生日なので、とても大事な日なのです。残念ながら祖父は2010年に91歳で他界してしまいましたが、この日が素敵な日であることは、私にとっては大事なことで、無事に「トリスタンとイゾルデ」が上演され新たな作品として、生まれたことを本当に嬉しく思います。

ファイル 154-3.jpgそんなわけで、少しセンチメンタルな精神状態です。毎度のことです。展覧会でも演劇でも、数ヶ月グッと集中してそのことばかり考えて生活しているので、それが終わったときの軽い寂寥感はつきものなのです。もちろん「仕事」なわけで、もう少し賢く仕事をしていかなければならないのかもしれませんが、心・情熱・思い抜きにはできる仕事ではないので、こんな感じになるのかなーとも思います。

多分、こんな感傷的な精神状態は、最近ググッと寒くなってきている気候もそんな精神に拍車をかけているのではと思います。ちなみに、今朝のプラハはマイナス2度でした。もうマイナスって…。

そしてさらには、そんなフワフワした精神状態だったのか、携帯を洗濯機にかけてしまうという惨事を起こしてしまいました。40度で、1時間半。人って、本当に「Oh Noooooo!」って叫ぶものなのだと身をもって知りました。全く持って、なぜ洗濯機に携帯がはいってしまったのか謎で(ズボンのポケット等にいれていたという事ではないので)して、それなりに結構落ち込みました。携帯番号は変わっていませんが、アドレスは全部消えてしまいました。ので、これを読んでいる皆様の中で、私の携帯番号をご存知の方は、お手数ですがぜひSMSを送って頂けると嬉しいです。

そんなこんなで、ちょっと落ち込みぎみな感じですが、造形時代の同期の写真家・中 乃波木さん(通称ノハちゃん)と陶芸作家のお母さん、中 十七波さんという、本当に素敵なアーテイスト親子がプラハに遊びに来ているおかげで楽しくやっています。自身の文章能力では、母・十七波さんの魅力を書くことは不可能な気がしますが、次回にこの親子について書けたらいいなあと思っています。

>「トリスタンとイゾルデ」 ニュース ,上演写真

写真・1 プレミア後の写真
写真・2 Kłodzkoの街にある要塞。演出家ミハル曰く世界で2番目の大きさらしい。
写真・3 携帯…


「トリスタンとイゾルデ」のプレミア公演!

ファイル 151-1.jpgいよいよ、「トリスタンとイゾルデ」のプレミア公演が9月29日17時より、Teatru w Kłodzku(Scena Kłodzkiego Centrum Kultury, pl. Jagiełły 1)にて行われます。

ファイル 151-2.jpg私は昨日ポーランド滞在から帰ってきました。(また、プレミア公演を見にいきますが)そして、私の仕事はほぼ終わりました。前にも書いた気がしますが、私はプレミアまでが本番なのです。今年の夏は、ほぼ毎日が「トリスタンとイゾルデ」漬けだったので、突然「トリスタンとイゾルデ」に対して、もう何ももうすることがなくなり、ちょっとした感傷気分になっています。まあ、毎度のことですが。それでも、私にとっては、自分の作った人形が役者の手に渡り、自分の手から離れたところで生きてくれているというのは、希望に似た、心の躍進に関わる原動力になっているのですが。

ファイル 151-3.jpgなぜか、毎度プレミアを迎える頃に、この仕事は手塚治虫先生の漫画「ユニコ」に似ているなといつも思うのです。まず、プロジェクトが始まって呼ばれ、その時は、ユニコのように知らない土地に連れられてきて、右も左もわからない感じで。プロジェクトが進むにつれて、色々な人に出会い、色々なドラマがあり、問題を解決しながらプレミアに向けて動いて一つになって、やっと仲良くなってきた頃に、西風さんがやってきて別の土地(プロジェクト)へ運ばれるといった感じで。束の間の仲間は、私にとってとても大きな存在であり、やはりプロジェクトが終わることで、またしばらく、会えなくなるのも寂しいものなのです。

私自身、外国人であり、どの劇団に所属していないフリーで、(日本でも劇団等に所属したことがないのです)何か絶対的な仲間みたいな母体に憧れているのかもしれません。いや、こんな事をつらつら書いていること事態が、感傷的になっている証拠です。

今回のプロジェクトは、個人的に、とても勉強になりました。もっと自分の経験を重ねて、毛細血管の先の先まで神経が行き届きつつ、見えてくる視野がもっともっと広くなったらいいなと思っています。次回のプロジェクトに繋げられるように。

いいプレミアになりますように。


「トリスタンとイゾルデ」プレミアまで、あと1週間!!

ファイル 150-1.jpg「トリスタンとイゾルデ」のプレミアが来週の日曜日に差し迫っていることもあり、忙しくしています。今週は、ポーランドへ日帰り出張と、日帰りブルノがあり、また明日からポーランドです。そこそこ、疲れています。

ファイル 150-2.jpg「トリスタンとイゾルデ」が上演される、ポーランドの都市は、Kłodzkoというプラハから200kmぐらいに位置します。距離的には、ブルノとあまりかわらないのですが、交通手段・接続があまりいいものがなく、なんだかんだ、合計で3時間半-4時間ぐらい片道にかかります。なので、日帰りするとそれなりに疲れます。いいブレインストーミングの時間には、なりますが…。

ファイル 150-3.jpgポーランドの仕事は残すところ仕上げと修正・調整です。

ポーランドの現場でのコミュニケーションはなかなかにハードです。演出家のミハルはチェコ語と英語で会話できるのでいいのですが、英語が通じない場合、私はチェコ語。向こうはポーランド語という手段しかないのです。

チェコ語は、スラブ語圏(ロシア語やポーランド語、スロバキア語)の言語で言語としては、ポーランド語と仲間です。(ウェキペデイアよれば、スラブ語派でさらに、西スラブ語郡というところまで同じグループでした)確かに単語一つ一つで比べた時に、似ているものも多く、1対1対でお互いがわかり合おうとした会話であれば、何かしらチャンスはある場合もあります。

が、、大勢の中での会話・デイスカッションにおけるポーランド語は、もう綺麗サッパリわかりません。久々に、チェコに来たての時のチェコ語の現場で苦労したことを思い出しました。自分の思ったことを言語媒体という障害で伝えられないのは、悔しいことですし、相手の言っていることが理解できないのは歯がゆいものなのです。

そんな中、会話の節々に集中をしているので、チェコでの生活より能みそが疲れ気味です。なので、ご飯時などでポーランド語で盛り上がって居る時など、もう脳みそは、わかる単語を少しでもキャッチしようと努力する方向へは全く働かず、、

『あー、もし今ここで、ほんやくコンニャクがあったら楽だなあー。きっと、海外にいる人は、絶対に1回は思うだろうなー。「もしも、ドラえもんの道具が一つもらえるとしたら、何がいいだろう?」的な会話の中で、ほんやくコンニャクは、タイムマシンと、どこでもドアに並ぶ人気な道具(スモールライトも捨てがたい)だろうなー。ネーミングは、語呂からきたのかなー。ほんやくときたらコンニャクでしょ!みたいな。音的な…。そこから、食べるだけであらゆる言語を母国語のように理解できるようになるって斬新すぎるアイデアが生まれたのかなー?さらには、こんにゃくって、もう機械でも何でもないただの食材が翻訳機能を兼ねそろえているって他の道具の科学力よりもなんか凄すぎる気がするなー。あー、こんにゃく…、食べたい。』

一人脳内逃避行をしてしまう時もあります。疲れているのだと思います。

いや、前言撤回です。最低限のコミュニケーションが取れるようポーランド語を本当に少しずつですが覚えています。さらにポーランドは、チェコの隣の国ですが、言語だけでなく、色々と違っているので、実はけっこう楽しんでいます。ポーランド料理もチェコ料理とちょっと違うので、毎回何を食べるか楽しんでいます。

プレミアまでの残り1週間とにかくやりきります!!

写真・1 製作途中の鎧。(もう出来上がっています)
写真・2 Kłodzkoの街中で見つけた「トリスタンとイゾルデ」の横断幕
写真・3 無事にモンシロチョウが羽化しました!ひゃほー


近況報告・9月

ファイル 149-1.jpg9月になりました。先日、ポーランドでのプロジェクト「トリスタンとイゾルテ」の第二期納期で、軍配やお面、やりなおした頭等を渡しました。これで残すところ、お面3枚と鎧のみ(たぶん、ですが)と仕上げとだんだんと終わりが見えてきました。鎧はちょっと個人的にはデザート的な最後の楽しみな仕事です。といっても、プレミアは、9月29日なのでそんなに余裕なことは言っていられないのですが。

ファイル 149-2.jpg近況は、相変わらず引き篭って製作漬けの日々ですが、そんな中でも最近の嬉しかったことがいくつかあります。一つは、昨年参加したプロジェクト「Dynamo」が、プラハで毎年開催されるコンテンポラリーサーカスのフェステバルのLetni letnaにて満員御礼だったこと。私は残念なことに見にいけなかったのですが、「Dynamo」を演出した Ilona Jänttiがダンサーとして活躍しているスウェーデンのCirkus Cirkorの「Knitting Peace」は、見にいけました。> Knitting Peace
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これまでに、沢山のコンテンポラリーサーカスのパフォーマンスを見てきましたが、Ilonaは本当に凄いダンサーでした。一緒に仕事をさせてもらえてことに、あらためて驚きました。「Knitting Peace」は、スウェーデンをはじめ色々な場所での上演が決まっているみたいです。ぜひ、機会がありましたら見てみて下さい。

もう一つは、ここ一ヶ月で一番楽しく嬉しかったことかもしれません。先日カリフラワーを夕飯に食べようと思って洗っていたところ、青虫がポテッと中から流しに落っこちてきました。冷蔵庫に数日いれていたこともあり、青虫は全く動かず、死んでしまったのかな?と思ったのですが、とりあえず、ミニ家庭菜園のかいわれだいこん(知人からかいわれだいこんは、本当に大根になるという話を聞いたので、現在試しているので、葉っぱも大きいのです)をあげてみました。数分後、「貪り食う」という言葉以外では表現できないぐらいの勢いでかいわれの葉を何枚も食べつくしていき、2日後、3倍近く大きくなった青虫は、無事にさなぎになりました。やったー!毎日、モンシロチョウになる日を心待ちにしています。

しかし、この夏は本当に「トリスタンとイゾルデ」漬けでした。少し遊びたい今日この頃です。


近況報告・8月

ファイル 146-1.jpg更新が、またまた滞ってしまいました。

というのも、最近は、9月28日に、ポーランドでプレミア予定の「トリスタンとイゾルデ」の人形製作に取り掛かりっきりなのです。(舞台美術及び人形デザインは、世界で活躍されている人形劇家の沢則行氏です。デザイン画がFBで公開されています。(デザイン画)

この1ヶ月ちょいの間、引き篭らないように心がけてたのですが、ファイル 146-3.jpg結局のところ、完全に引き篭っている状態でした。「引き篭らないぞ!2013年・夏」なんてスローガンをかかげていたこと事態が、自分の未来の状況に対する不安と対抗心だったのかもしれません。

ファイル 146-4.jpgそれでも、週に2、3回サイクリングをしているので、いつも引き篭って仕事をしている時とはちょっとちがった精神的不健康さです。自転車はかなりいい気分転換になっています。さらに、自分のテンションをあげるために、最近、速度や走行距離を測れるサイクルコンピューターなるものを買って走った距離を見ては、心を躍らせています。(7月16日に買って現在トータル110キロです。100キロを越えた時、「わーい♪」とはしゃいだのですが、私の周りのチェコ人には年間、総走行距離2000キロを越す猛者がゴロゴロいるので、100キロは鼻で笑われました。が、人にはそれぞれペースがあるのです。)

自転車と小さな家庭菜園に救われた1ヶ月間でしたが、やはりかなり精神的には荒れ放題荒れくれていました。製作すべきものが増えてくるのに比例して、部屋がどんどん汚くなっていき、部屋が汚いと、さらに精神的にも荒れてくるといった悪循環な毎日でした。仕事の過程等をアップしようと思っていたのですが、製作にかなりエネルギーを取られていたので無理でした。荒れ放題だった私も、最終的には、『人間、たとえ、たどり着くべき答えがわかっていても、そこにたどり着くまでには、自分自身で経験を重ね、失敗を重ねなければ、決して辿りつけるものではない。近道なんてないんだ…』みたいなよくわからない哲学的な人間になっていました。とにかく、この1ヶ月はちょっとした思い出に残る戦いでした。でも、いい経験になりました。まだまだ、沢山のことを勉強しなければと強く強く感じました。

昨日、ポーランドへ行って頭6体を届けてきました。ちょっとした一区切りですが、まだまだ、プレミアまで沢山の仕事が残っています。気持ちを切り替えて、今日から、仮面や小道具の製作です。


近況報告・7月

ファイル 145-1.jpg更新を怠ってしまいました。が、毎日製作に励んでいます。何個かプロジェクトが動いているので、忙しくしています。詳細は、また今度書きますが、この夏はポーランドの劇場のための仕事がメインになりそうです。このお仕事は、以前書いた沢則行氏が舞台美術。私は人形制作として参加しています。今年は沢さんの下での仕事が多い感じです。

ファイル 145-2.jpg最近は、精神的にも体力的にもいい感じではないかなあと思います。というのも、今年の夏の目標は、「引き篭らないぞ!2013・夏」みたいな、よくわからないスローガンを掲げているので、できるかぎり毎日、最低1時間は外に出るようにしたいなと思って生活しています。そして、以前韓国人の友人から買い取った曰く付きの自転車(たいした曰くでもないですが、友人はわざわざソウルから自分の気に入った自転車をプラハへ送ったのに、折りたたみ自転車のため、タイヤが小さく、石畳のプラハでは本当に乗りづらく、数回乗っただけであきてしまった自転車なのです。かっこいい自転車だったので、気に入った私は、彼から買取ったのですが、2年間以上ほとんど乗られることがなかった悲しい過去があるのです。)を乗り回しています。

プラハの街は、交通手段としては、自転車はあまりお勧めできない乗り物ですが、サイクリングはなかなかおもしろいです。というのも、サイクリング用の道路がかなりあるのです。(サイクリング用地図)先日は、A2というヴォルタバ川沿いにあるサイクリング道路でTrojaからKlecanyまで行き、坂道を抜けてZdibyという街まで行き、Dolni Cably、Kobylisyを通って家まで帰ってきました。33キロという長い旅でした。今は、自分がどこまで飽きずにどこまで続けられるかが見ものです。

告知ですが、3月頃、製作で関わっていたパフォーマンスが7月16日、バーツラフ広場にて18時より上演されます。ストリートパフォーマンスのフェステバルの一環です。ぜひ、プラハでお住まいの方は見に来て下さい!


日本-まとめ

ファイル 144-1.jpgプラハへ帰ってきてから1週間とちょい過ぎました。日本でのまとめを書ききらなければと思っていたのですが、バタバタしていました。

最近のプラハは、快晴で気持ちがいいです!私は、特に夏派とか冬派とかいった感覚は特にはないのですが(どちらかと言えば、春派?)、日が長い青空の夏の季節はなんだかテンションが上がります。

ファイル 144-2.jpgそして、日本での滞在でのまとめをしなければです。

今回の日本での滞在では、大学院時の先生だった、伊藤 有壱さんのアニメーション・スタジオをはじめ3箇所のスタジオを見学させてもらいました。人形劇と人形アニメーション。近いようで、結構遠い分野。アニメーションの世界は、憧れ続けている世界です。今回、川本喜八郎美術館へ行って、川本喜八郎氏が、アニメと人形劇の垣根を越え活躍されている姿は本当に刺激的になりました。憧れているだけじゃなくて、できるところから挑戦していかなければと感じました。

ファイル 144-3.jpgまた、大学の頃の友人で、現在も活躍しているアーテイスト達にも何人か会えました。一人目は、大島 梢さん。彼女のアトリエまでお邪魔させてもらえました。そして、写真家として活躍している中 乃波木さん。イラストレーターの廣瀬 摩紀さん。(普段あだ名で呼んでいるので、フルネームで、さらに、さん付けで書くのはなんだか違和感がありますが)同期の活躍は、一番元気をもらえます。

そして、小道具プランナーとして第一線を走られ、さらには、劇団☆新感線の役者としても活躍されている大先輩、高橋 岳蔵さん(以後、たけぞーさん)の秘密基地(=アトリエ)にお邪魔してきました。たけぞーさんは、サンペルカという素材を、演劇・小道具の世界に浸透させたパイオニアでもあり、さらに「patchy」というブランドのデザインも手がけてます。

たけぞーさんとの出会いは、4年に1回プラハで開催されるPQ(プラハ・クワドレンナーレ国際舞台美術展覧会)という、世界約70カ国が、国をあげて参加する舞台美術のエクスポです。前回2011年の時に、多くの日本人の舞台美術家にPQを通して会うことができました。日本の演劇界にほとんどコンタクトがない私にとっては、本当に、楽しい出会いでした。(日本人・演劇人の方々は本当にあつい!!です)たけぞーさんは、その頃から、沢山お世話になっている大先輩です。

たけぞーさんは、裏方の製作という値段等が不明慮な世界の中で、小道具さん達が生活できるよう戦われている本当に凄い方です。

私がDAMUに通っていいた頃、同じ大学に通っていたSuhoという韓国人の友人(現在、韓国の国立芸術大学の劇場学部の教授をしてます)が、「演劇の世界は、仕事の値段があいまいだけど、学生が例えばただで、劇場の仕事を手伝ったりすると、将来自分がプロになった時に、自分の首を絞めることになる」とよく言っていました。自分の腕・仕事に対価をつけていくのは難しいことだけど、それを避けては生活していくことはできないわけで、向き合うべき問題です。それでも、自身の仕事にプライドだけでなく質が伴ってはじめて、交渉できる世界。個人の仕事で、価格を設定し、それを演劇界で浸透させていくのは、本当に半端ない戦いです。色々な話を聞いていて、日本の小道具さんの世界は、たけぞーさんの切り開く道のおかげで、少しずつ明るくなっているのではと感じました。また、この仕事で素敵な家族を養い守っている姿もとても感銘を受けました。

今回の日本滞在では、ここに書けない方も含めて沢山の人達に会えました。プラハでの生活は、打ち合わせやリハがあるプロジェクトでは、色々な人たちに会いますが、基本製作時は一人で家に引き篭もって仕事をしています。なので、家を出られる時は、沢山の人に会いたいというのが私自身、自分の人生に願うことの一つです。次回、日本へ帰った時は、また多くの人達に会えますように。

写真1:たけぞーさんの秘密基地の一部(手がー)
写真2:たけぞーさん
写真3:たけぞーさん製作の刀を少し使わせてもらいました。刀を触っていると心が熱くなるのです。


日本-その5

ファイル 142-1.jpg飯田でのワークショップについて

ファイル 142-2.jpgワークショップはお面作りを2日間でやるというものでした。以前(といっても7年以上も前になるかもしれません)何回かやったことあるワークショップで、1日目に事前に準備したお面の型を選んでもらい、それをもとにデザインをして、粘土つけ、2日目に着色をして終わらせるという、超特急ファイル 142-3.jpgお面作りワークショップです。紙や、スポンジ等の素材を変えれば、1日でお面を作り上げることも可能ですが、粘土を使って、2日で終わらせるにはどうすればいいものか?と、私なりに考えに考えて考案したワークショップ形式です。

ファイル 142-4.jpg本当は、1から粘土を使って整形をしてもらい、石膏型をとって、張子といった形でお面作りをしもらいたいなと思っているのですが、この形で作業すると最低でも1週間は必要になってくるのです。いつかは、やってみたいなと思いますが。

ファイル 142-5.jpg飯田でのお面作りワークショップは、参加者の方々がとてもパワフルでした。参加者は、休日開催なので勝手に子供中心だろうと想像していたら、蓋をあけると一番若い方で女子大生でした。そして、参加者の大勢が人形劇に関わっている方々だったので、自然に、お面=舞台で使うもの!舞台で使いたい!という感覚を持っていたのが楽しかったです。ただ、粘土という素材自体が、重くて壊れやすいので、演劇に向いてないのが、残念だったなと思いました。それでも、粘土だからでできる表現を楽しんで頂けたのではと願っています。

当日は、NPOいいだ人形劇センターの方々のおかげで、新聞3社と、地元ケーブルテレビの方々が取材に来てくれました。本当にありがとうございます。そして、信越放送で月曜日から金曜日まで放送されている「ずくだせえぶりでぃ」での、1コーナー・井口明美さんが、水・木・金に担当している「伊那谷のめぐりあい」にもお邪魔しました。

井口さんも、人形センターの方々も、飯田の歴史にとても詳しくて色々お話を聞けて本当に勉強になりました。故郷を愛せるって凄く幸せなことだと、素直に思いました。九州旅行の時も思ったのですが、地元の方が山を指して、「あの山は○○山、あっちは、△△山、んで、あっちは□□□山」といった説明をしてくれると、なんだか『この人やる!!』(「ガラスの仮面」の白目状態のような顔になりながら)と、思ってしまいます。

ワークショップの参加者のお面は、とても完成度が高くできたのではないかと思います。着色も、重ね塗りをしてもらって色に深みがでうるように塗ってもらいました。載せたい写真が沢山あったのですが、一部をアップします。

中日新聞記事


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