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「アンネの日記」プレミエラ!!!

ファイル 215-1.jpgファイル 215-2.jpgファイル 215-3.jpgファイル 215-4.jpgファイル 215-5.jpg3月も今日で終わりです。ひゃー

アメリカへ行く前もやばかったですが、帰ってから今日まで、一山も二山もありました。。現在も、仕事的に時間的にやばい状況はかわらないのですが、明日から、2回目の渡米が待っているので、今忘れたくないこの感覚を書ければと思っています。

プラハは春らしい日差しになってきています。春好きの私にとっては、3月4月は特に好きな時期で、気分的に凄く救われています。木々が、植物が芽吹く感じが、暖かくなってきているけど、まだ肌寒い感じが好きです。そして花粉症の季節です。鼻水に目のかゆみ、今年は特にのどをやられています。春税なので我慢です。花粉症に悩みだす頃には、あー、日本はきっと桜が咲き始めているんだなー。見たいなー、見れる日はいつかくるのかなー、なんて思ったりもしています。

3月中旬は、「Mysterious Lake」の第二期納期があり、演出家のいずみさんが3日ぐらい?プラハに来られました。一緒にご飯を食べに行けると楽しみにしていたのですが、アメリカへ持っていってもらう人形達を製作しなければならず、結局何処にも行けずじまいでした。。凄く残念でした。。

そして先週末、遂に「アンネの日記」のプレミアがありました!!

私は、先々週に人形の調整、先週にゲネとプレミアとで3回、Uherské Hradištěに行きました。この、Uherské Hradiště。直通電車で行くと4時間15分なのですが、結局待ち時間などを合わせると往復で9時間ぐらいかかります。仕事の都合で、1回日帰りで行ったのですが、飛行機で座っている9時間とは別のなんか、疲れている体には、ほんとドーーーンとくる何かがあります。直通電車はワゴン車しかないタイプで、寝るのもちょっと危険で(ワゴン車で疲れきって寝てしまい何も盗まれなかったのですが、盗もうとしている方に会ったことがあるのです。。)起きているのも結構な戦いなのです。電車に座って景色を見るのは大好きなので、精神的にはリラックスになるのですが。。

「アンネの日記」が、プレミアがあったSlovácké divadlo は、人口約2万5千人程度の地方都市にあるにもかかわらず、連日劇場は観客であふれかえっている凄く人気な劇場です。さらには、昨年度は、チェコで2番目に質の高い劇を作り出しているとして表彰されていました。人形劇場とは違い、大人向けのいわゆるドラマ・演劇を見せる劇場で、キャパも380席ぐらいあり、人形劇場に慣れている私としては、結構感じの違う現場で凄く興味深かったです。私がDAMU学生の頃、担当教授だったペトル・マターセック氏が舞台美術として仕事をされた時期があり、その時「いい劇場だ!」と話されていたのを思い出しました。そして、ゾヤさんのおかげで、劇中に人形がでてくること事態ほとんどない、ドラマ中心の大劇場に、人形制作としてプロジェクトに参加できて本当に感謝です。劇場長を始め、役者の皆さん、裏方の人たち、皆優しかったです。

人気の劇場ということもあり、沢山の新聞やテレビも取材がきていました。テレビでは、少し私もしゃべっています。。>TV 緊張で顔がひきつっているのと、簡単な活用を間違えています。(takovou loutku!!)ゾヤさんのインタビューも沢山あります。私のことも少ししゃべってくれています。 >記事01,>記事02

そして、「アンネの日記」のプレミエラ。 

「アンネの日記」は、戦後70年なのと劇場の設立70周年記念事業として製作されたパフォーマンスです。最初にゾヤさんにお話をもらったのは、ちょっと覚えてえないのですが、昨年の初夏頃だったような気がします。まだ、役者・音楽・舞台美術全てのスタッフが決まっていない段階でした。毎回、ゾヤさんのプロジェクトへ参加する時は、舞台美術・衣装デザイン・人形等の製作ではいっていたのですが、今回のプロジェクトのアイデアを話している時に、「アンネの等身大人形を作る」という課題は、自分にとって凄く難しいものになると思い、人形制作のみに集中したいという話になりました。その勘は的中して、アンネは、私が今まで作ってきた人形の中で一番難しい人形でした。

人形制作という形でのプロジェクト参加だったのと、納期してから「Mysterious Lake」の仕事も沢山あった事もあり、リハを一切見ることができませんでした。これは、本当に不思議な感覚で、初顔合わせに参加して人形を渡して、次に人形調整にいった時は、ゲネ前でほぼ形ができあがっている状態でした。そして、アンネの人形もリハの激しさをうかがえる感じに、修理が必要でした。こういう瞬間に、自分の作った人形は、私の手から離れて、別の人生を歩んでいるのだなとしみじみ感じます。

台詞のチェコ語はかなり難しく複雑なパフォーマンスなのですが、チェコ語がわかる方には、ぜひ劇場に足を運んで欲しいなと思います!今回はリハを見ていなかったので、完全に観客の目で見ることができました。感想は、改めてゾヤさんは凄い演出家さんなのだなと感じました。

「アンネ」は女優さん5人がメインで、俳優さん1人は、本当に男性として象徴的に出る感じです。ゾヤさんの得意な演出方法である、ストーリーテラー方式(私が勝手に思っているだけですが)で、5人の女性が最初から最後までほとんど舞台上にでて、かわるがわる語り、アンネの人形を通して、5人の女性それぞれがアンネの持つ多面性を演じつつ、別の役もやりつつといった感じで、5人の女性と人形の感情の絡み合い方が本当に、繊細で、美しくて、ゲネでは、前半3回、後半2回涙がでてきました。こういった永遠に感じるような一瞬を見たいがために、心を、日常生活を、健康(これはよくないですが)を、、色んなものを削って製作しているんだなと思いました。

世界中に何作「アンネの日記」のパフォーマンスがあるかわかりませんが、ゾヤさんの演出した「アンネ」は、本当に繊細なゾヤさんしかできないものになったと思います。

思ったことを、ブワーと書きました。明日からのアメリカへ持っていく人形達をまだ製作中状況です。。フエー でも、1月には全くもって見えなかった終わりがなんとなく見えてきました。まだまだ、乗り越えなければいけない山が残っていますが、このテンションのままいければと思っています。

写真1・アンネのポスター!
写真2・街中いたるところにアンネのポスターがありました。
写真3・ゲネプロの時撮った写真
写真4・プレミア後の打ち上げ。守衛さんの一人が、実際のアンネの日記をモチーフにケーキをオーダーしてくれました。
写真5・電車にあった切符で折られた船。電車の窓辺になりました。私も誰かが喜んだらいいなと願って、同じようなことをたまにするので、嬉しくてつい写真を撮ってしまいました。。


「Mysterious Lake」

ファイル 210-1.jpgファイル 210-2.jpgファイル 210-3.jpgファイル 210-4.jpgファイル 210-5.jpg1ヶ月間ブログを更新できませんでした。本当に色々とあって、その時々の感情・感覚を書きとめておきたかったのですが、時間と状況と体力、精神力との勝負といった感じで、全く余裕がありませんでした。感覚を忘れないためにも、大変な時ほど何かしら書き留めておければとも思うのですが、なかなかに難しいです。

先月26日より、3月7日まで「Mysterious Lake」の人形達の第一回納期と調整と、龍頭 制作で、初渡米しました。初めてのアメリカということで、色々とドキドキしていたのですが、出発ギリギリまで仕事があり、ガイドブック的なものを何一つ見ることなく旅立ちました。

「Mysterious Lake 」は、アメリカ在住16年の演出家・芦沢いずみさんオリジナル戯曲です。いずみさんは、アメリカの名門中の名門大学Yale University School of Dramaを修了され、現在は、ニューヨーク州立Stony Brook大学にて教鞭をとられています。(詳しいプロフィールはこちらから>web)また、ご自身のカンパニーもあり活動されています。(>web)アメリカ、ヨーロッパ、イラン(これには驚きました。>web)など世界をまたにかけ演出をされています。

今回は、初めて日本人の演出家さんとのお仕事ということもあってドキドキでした。といっても、16年も在米のいずみさん。日本人といっていいものか、アメリカ人といっていいものか、両面お持ちだと思いました。メールでのやりとりは、いずみさんが英文のメールを書いてきて、私が日本語で返すといった(最初のうちは慣れない英語で返していましたが、、)不思議なやりとりでした。

秋頃スクリプトを頂き、アイデア出しをしつつ12月頃から作り始め、1月のアンネの納期が終わってからは、本当にもう、ヒャー!なペースで製作しました。アンネの人形はだいたい150センチの等身大だったのですが、「Mysterious Lake 」に登場する少年や妖怪達も、だいたいが等身大。子供とはいえ90~100センチぐらいだったので、結構大きいサイズだったということと、登場人物が多いこと、動きのシステムが、妖怪ということもあって各人形違うので、色々と試しては失敗!みたいなこともあって、結構な戦いでした。(現在進行形なので、戦い中です)

かなりバタバタな感じでのアメリカ行きだったのですが、初めて垣間見たアメリカは本当に興味深かったです。安全を考慮された作りのトイレ。誰かが入っているかわかるように、足元や頭上が見えるかんじな作りのドア。閉めきることができないトイレの鍵。強く押せば開く感じ。いたるところに掲げてあるアメリカ国旗などなど。といっても、マンハッタンはほぼ素通りだったので、ニューヨークは何も見てないに等しいのです。唯一の思い出は、「planet smoothie」というスムージー屋さんで、MEDITERRANEAN MONSTERという、どう発音していいかわからない、でもかなりおいしかったスムージーを買ったことぐらいです。しかもSサイズを頼んだのに、なんか一番大きなカップにしてくれて、(日本で見たことないようなXXXL?みたいなサイズで、サービスなのか、ただ作りすぎてしまったからなのか…)ニューヨークの印象はなんかいい感じで始まりました。さらに、そのお店では自分でカップにソフトクリームをいれてトッピングをいれて、みたいなコーナーもあって、そのソフトクリームがニューと出る機械が7台ぐらい列になっていて、冬なのに(冬だから?)女性のお客さんがひっきりなしに、アメリカンサイズのカップ(本当にドデカイ!)にニューとソフトクリームをいれてナッツやチョコレートなどのトッピングをしこたまいれて、食べる場所もなかったので、食べ歩きしながらそのまま街へ去っていく、、、みたいな、私が勝手に想像しているザ・アメリカ!みたいなシーンも見ることができました。4月にもう一度渡米予定で、その時は、マンハッタンを見れる時間を作っているので、本当に楽しみです。

滞在期間中は全日、マンハッタンから電車で2時間ぐらいのStony Brookに滞在していました。ニューヨーク州なのですが、田舎町?というか、森の中に学園都市が広がっているような不思議な所でした。

今回のアメリカ滞在での一番の目的は、もちろん人形を納め修理調整することもですが、大きな龍頭を作ることでした。一人で作るというサイズでは最大であることと、慣れない環境で作業の難しさや、道具等も不足するのでは…と、プラハにいる時から色々と想像できなくて、かなり不安でした。

最初の躓きは、材料でした。材料等は、アマゾン等でいずみさんがそろえていてくれたのですが、一番の問題はインチーセンチメートルのギャップでした。プラハから、ジョイントを木のブロックで作っていったのですが、全部サイズが違うのです。丸棒も直径2センチが欲しかったのですが、インチ表記だと0.74インチ(1.9センチ)と、微妙に違うので全部やりなおしたり、木工用ボンドの質も日本やヨーロッパのそれとはかなり違う感じだったり、(どう違うと言われると難しいのですが、アメリカの木工用ボンドは、粘着質があるかと思いきや液体質が強い感じで、貼り付けたあと間から結構たれてきて、さらには時間がたつとそのたれに粘着性が発生してきて、たれていた部分がつららみたいに固まったりみたいな。。。)Gボンド(ヨーロッパにもあります)的なものが見つからなかったりなどなど。結果的には素材を通して、国の違いを感じることができておもしろかったのですが、限られた時間で作らなければならなかったので大変でした。

滞在期間中、Stony Brookで唯一行けたのは、ホームセンターと布屋さん。それも、一回きり。。郊外型で車がないといけない感じでした。私が勝手にイメージするアメリカな感じの建物で、テンションは上がりました。ホームセンターは、どちらかといえば、日本よりヨーロッパの感じに似ているかなと思いました。(ホームセンターで買ったもので、家を建てられる感じ)じっくり見たかったのですが、時間がなかったので部分的にしか見られませんでした。布屋さんの特筆するべきところは、布がワイルドな感じで展示されているところです。私個人の経験では初めてのデイプレイで、考えてみればこっちのが、お客にとっては布のイメージが凄く伝わりやすく、雑然とした感じで清潔感は少々ないですが合理的な気がしました。

泊まった所は、大学にあるホテルといわれていたので、チェコ的な簡易なゲストルームを想像していたのですが、なんとHilton Garden Inn(Hiltonが始めた中級クラスのホテルとのことですが、チェコ的には4つ星クラス以上の素敵なホテルでした)でした。滞在中は、ホテルー劇場学部―ワン・センターの3箇所をグルグル回るといった感じでした。このワン・センターは、中国人卒業生のワンさんが出資して作った建物で、中にギャラリーやアジア系(中華、韓国、インド、日本―お寿司的な、鉄板系)の食堂がありました。このおかげもあって、アメリカの食事・ザ・ファーストフード!みたいなのは、嫌だなあーと思っていたのですが、かなり救われました。メニューも日ごと変わるので、私は色々と試したのですが、おもしろかったのは、まー、いずみさんが、毎日おいなりさんを食べていたことです。私も偏食がちですが、いずみさんは、毎日1食は必ずおいなりさんを食べられていて、凄い日は、昼・夜おいなりさんコースみたいなのもざらにありました。(まあ、影響の受け易い私は、滞在後半は、1食おいなりさんコースになっていましたが。。)こんなに、おいなりさんしか食べない人に出会ったのも初めてですし、その影響もあってか、だんだんと狐の化身(妖怪のお話を作っているので)にも見えてきたりもしました。

そんな、演出家いずみさん。

いずみさんは、私のイメージでは、狐の嫁入りの狐が化けた女性といった神秘的な感じもある一方、戦う女戦士アマゾネスといった両極面も持った感じの印象を受けました。まず日本人で、Yale大学の演出科を卒業できた人事態、いずみさん以外いないのではないかなあと思いますし、アメリカで女性一人で、演出家として演劇現場でバリバリやっている感じな方もそうはいないなあと思うのです。演出家ゾヤさんもですが、憧れる本当にかっこいい女性です。

アメリカ滞在中、朝から早朝までずっと一緒に仕事をしてくださり(作り物の手伝いをです。。)、演出家さんがこんなに手伝ってくれることも初めだったのですが、本当にずーーーーっと、よくテーマがなくならなかったなというぐらいお互いに話を沢山しました。その中で、いずみさんの経験談なんかを聞くと、もっと頑張れるなあ、頑張りたいな!というか、いいエネルギーを沢山もらった気がします。

また、人とこんなに長い間、集中的に話をすること事態、中高校生の頃、部活が一緒だった友人達と何をあんなに話していたのかわからないような感じの、とりとめとなく話し込んでいた時間に似た不思議な時間でした。アメリカ・チェコ・日本の話、演劇の話、妖怪とか、宮崎駿さんのアニメや、およそ人に話したことすらないのでは?といった具合の感覚的な感情の話や、「Mysterious Lake」の主人公が少年Danielということもあり、子供時代のかなり細かい部分の思い出話から現代までといった、、睡眠時間がかなり削られていたのですぐ寝るべきところも、ホテルに戻ってからもさらに話し込んでしまったりと、本当に濃いーーーー時間でした。

アメリカ来るまえに抱えていた、色んな感情を全部浄化された上に、モチベーションを上げられた感じになりました。

!!!

書いていて思ったのですが、これも演出家さんのなせる業なのかもしれません。

今の感情をどわーと書いてみたので、とりとめもない文章になってしまいました。まだまだ「Mysterious Lake」は、一山二山越えなければなりません。来週には、いずみさんがチェコに来るので、それまでに色々と仕上げなければです!!!ひゃー

写真1・「Mysterious Lake」の人形の一部
写真2・Stony Brookで見たカナダ雁、凄く大きくて綺麗でした!
写真3・布屋さんの感じ。雑然としていますが、布の感じは見やすいです。
写真4・龍頭作り途中
写真5・龍頭作り途中。。実質6日間で作りました。


近況報告・2月

ファイル 209-1.jpgファイル 209-2.jpgファイル 209-3.jpgファイル 209-4.jpg先日パフォーマンス「アンネの日記」のアンネの人形を納めてきました。作るのも大変でしたが、等身大だったので持って行くのも大変でした…。人形に見えないよううまく包んでいったのですが、気がついた人には、想像通りの顔で驚かれていました…。(プラハから直通の快速電車に乗り4時間ちょっとかかりました…。)

「アンネの日記」は、プラハから300キロぐらいスロバキア国境に近い街・uherske hradisteにあるslovacke劇場(>web)で上演されます。プレミアは、3月28日で、今月の11日に顔合わせがありリハーサルがスタートしました。演出家は、ゾヤ・ミコトバーさん。舞台美術は、マリエ・イラースコバーさん(ゾヤさんと同じくJAMUの教授で、舞台美術学科でも教鞭をとっています)です。イラースコバーさんは旦那さんと共著で、チェコの人形についての素晴らしい本「Loutka a Moderna」を出版されていて、いつか会ってみたいなと思っていたので、こうして現場で会えて凄く嬉しかったです。私は、人形制作として参加しました。

アンネの人形は、色々な意味で難しかったです。一番には、現実に存在した人をモチーフに製作しなければいけなかったということでした。そして、彼女の生きた運命、性格、考えや哲学、彼女の持つ内なる強さ、リアルアンネを作るという方向よりは、そういった彼女の存在が象徴的に表現できればいいなあー、、といった事を考えながら作りました。

等身大の人形を作るのは、パフォーマンス的には4作品目で、これまでの経験・反省点を活かしつつ、改良点、新しく考案したシステム等をかなり織り込めたのではないかと思います。 また、アンネという生命の重さを表現するために、できるかぎりの部分で木材を使って作りました。そのせいもあり、重量が結構いってしまったので、リハの経過を見て軽量化していこうと思っています。

それにしてもアンネ、アンネです。彼女には、かなりのエネルギーを、心を、感情を吸い取られた気がします。今は、私の手から離れ、劇場のカツラを担当している人と衣装縫製をしている人の手に渡り、寂しくもありちょっとホッとした面もあります。どんな劇になっていくのか、凄く楽しみです。

少しブレイクしたいところですが、「Mysterious Lake」の期限が差し迫っています。今月末は、初ニューヨークです!!それまでに越えるべき山が結構あるので、気を抜かずに製作に集中しなければです。

お知らせが一つあります。私がDAMU(チェコ国立芸術アカデミー劇場学部)に在籍していた時の、劇人形の彫り・人形のシステムの授業教えていたヤロスラフ・ドレジャルさんが、東京飯田橋のパペットハウスで、ミニ展覧会が開催されています。(>web

ドレジャルさんは、チェコを代表する木彫造形作家の一人です。その豊富な経験値という点でも、ドレジャルさんを超えるチェコ人の彫り師はいないと思うのです。チェコの人形劇現場では、舞台美術家が舞台とともに人形のデザインをするケースが多いです。なので、大きな人形劇場には、人形を作る環境を含めた工房があります。ドレジャルさんは、そういった人形劇場の中でも世界的に最も有名な人形劇場の一つ、DRAK劇場(のさらには黄金時代だったとき)の工房で24年間、人形制作、人形のシステム部門の責任者をやっていたのです。意外と知られてないですが、伝統的とされているチェコの木彫人形の基礎ルールの中に、ドレジャルさんが考案したシステムが結構あるのです。

チェコの人形史において伝説的な存在である、舞台美術家・木彫造形作家フランテイシェック・ビーテック氏の下で働き、私のDAMU時代の教授であり、チェコの人形劇が世界的に有名になる起因となった舞台美術家ペトル・マターセック氏や同じくDAMUの教授であり舞台美術家パベル・カルフス氏、DAMUの教授であり舞台美術家だった故アロイス・トマーネック氏などチェコを代表する舞台美術家達のデザイン画をもとに、舞台人形を製作していたのはヤロスラフ・ドレジャルさんです。また、個人としても、舞台美術家として多くのパフォーマンスを作られています。例えば、カルフスさん演出でリベレッツのナイブニー劇場で上演されている「Jak chodil Kuba za Markytou」や「Tři přadleny」などの劇を製作されています。Youtubeでパフォーマンスを見つけました。(>video・1>video・2

多くの天才達と共に働いてきたドレジャルさん。個性あふれる舞台美術家達のデザイン画を現実に人形として創り上げていたにもかかわらず、自分のスタイルを全くもって見失わない強い個性がありました。というのも、ドレジャルさんは、毎日の落書きを欠かさないのです。昔のファックス用紙に永遠に描き続けられているシュール・レアリズムならぬ、ドレジャリズムの世界。

そんなドレジャルさんの人形が、東京・飯田橋のパペットハウスさんでご覧になることができます!展覧会期間は、2月28日までだそうです。お時間のある方は、ぜひご覧いただけると嬉しいです!

写真1・冬の心の拠り所。毎週固形のえさを2個づつ近所の公園にしかけています。シジュウカラの近縁のParus majorが食べている姿を見るだけで、何か幸せな気持ちになります。
写真2・アンネ!!
写真3・アトリエのドレジャルさん。コーヒー飲めない私には毒に近い、物凄い濃いコーヒーを飲みながら、アイデア出しをする机です。
写真4・ドレジャリズムのアイデアスケッチ


近況報告・1月

ファイル 208-1.jpg1ファイル 208-2.jpgファイル 208-3.jpgファイル 208-4.jpgファイル 208-5.jpg月もあと少しで終わりです。ひゃー

先月から、「アンネの日記」と「Mysterious Lake」の製作に取り掛かっています。作らなければならない人形の量が結構多いのと、どれもこれもサイズが大きかったり、システムが複雑だったりで、まだまだ終わりが全く見えない状態です。ひゃー 精神的にはいい感じなのですが、年明けから風邪をひいてしまったりもしたので、製作ペースをもっと上げていかないと来月泣く事になるなあー、やだなー、、といった感じです。

引き篭り生活が続いていますが、先々週末を利用して、「アンネの日記」を演出するゾヤさんと一緒に、アムステルダムへ取材旅行に行きました。オランダは、長いこと行ってみたい国の一つだったのですが、「アンネの日記」を読んでますます行きたいなという気持ちになりました。ゾヤさんと、12月に打ち合わせしている時に、実際に隠れ家を見てみたい事をホロリと言ったら、ゾヤさんも「私も、実は見たかったのよ!」ということになり、急遽行く事になりました。

アンネ達が隠れていた家が、現在『アンネ・フランクの家』として博物館になっています。隠れ家は、何度も図解断面図や平面図を見て想像していたのですが、実際は、私が想像していたより、さらに狭い空間に感じました。一切の装飾を取り払われ、実際に隠れ住んでいた時と同じように明かりを制限された部屋は、本当に何とも言いようがない空間でした。

アンネの話を、最初ゾヤさんから頂いた時、実際に「アンネの日記」を読んだことはなかったのですが、かいつまんだ感じで知っているアンネに関する情報が、イメージの重さといったものが、暗そうなテーマにあまり乗り気でなかったのです。そんな所からのスタートだったのですが、アンネの日記を読んで、彼女の想いに触れ、考える機会を得ることができて本当に良かったなと今は思っています。そして、ゾヤさんとの旅行も、今までツアーや仕事で一緒に旅をする経験はあったのですが、数日間、朝から晩までずっと一緒にいるというのは初めてで、本当に沢山色んな話をしました。思い出に残るような貴重な濃い体験になりました。

また、アンネと並行して進めている「Mysterious Lake」も製作進んでいます。次回にもう少し詳細を書けたらいいなと思いますが、このお話は、かなり妖怪オンパレードなのです!妖怪物はかなり前からやりたかったので嬉しいです!!しかも、演出家さんからは「子供が(妖怪を見て)少しぐらいトラウマになってもよい!」とのお言葉が…!そんなこんなで、自分の幼少期の妖怪的な存在とのコンタクトやトラウマがどんものだっただろうと思い出しながら作業したりもしています…。

たぶん、妖怪という具体的なカテゴリーに出会ったのは、「ゲゲゲの鬼太郎」だと思います。私が子供の頃、「ゲゲゲの鬼太郎」アニメが人気でしたし、ゲゲゲハウスや、ゲゲゲの鬼太郎にでてくる妖怪のきんけし?的なもので遊んでもいました。ただ、鬼太郎を見て(漫画も含めて)トラウマになったことはありませんでした。

子供の頃、トラウマになりつつも繰り返し読むのを止められなかったのは、杉浦茂さん作の「少年地雷也」です。この作品は私が生まれる前のものですが、父が好きで家にあったのです。同作者の、「猿とび佐助」も大好きでしたが、「少年地雷也」はかなり特別で、色んな意味で自由度が凄すぎるといいますか、妖怪というカテゴリーなのかよくわかんない生物とか、表現や言い回しが、絵が、もう色々と子供心にショックで、内部爆発状態になっているのに、読みかえさずにはいられなかった不思議な漫画でした。そんな感覚を思い出しながら製作しています。

期限があるので、楽しんでばかりではいられないですが、結構楽しんでやっています。

写真1.2・アムステルダムの風景 
写真3 アンネ人形の経過です。今はもう少し進んでいます。
写真4 「Mysterious Lake」の人形の一部。
写真5 アムステルダムで滞在していたアパートホテル?の猫。スモーキー。べったり甘えてくるわけではないのに、部屋に帰ると自然とやってきてゴロゴロみたいな感じで凄くかわいかったです。


2015!!!

ファイル 203-1.jpg2015年が始まりました!!!

ファイル 203-2.jpgファイル 203-3.jpgファイル 203-4.jpgファイル 203-5.jpgもう、いったい何回目のお正月をプラハで迎えたのか「?」だったのですが、過去のブログを見返してみたら今年で8回目みたいです。昨年、どれくらいチェコに住んでいるのか聞かれた時に、「8年住んでいます」と答えていたのですが、今年で8年目だったみたいです…。だんだん、あやふやになっています…。

私は、クリスマスと比べたら、断然お正月、特に元旦が好きです。(日本のお正月が本当に恋しーです。)新しい年が始まる瞬間に、体の芯から気持ちをしゃんと引き締める感じが凄く好きです。今年1年の指針を決める、自分との決意表明的瞬間というかなんというか…。

そして、今年は未年です!
年女の年です!ひゃー

私は未年で、おひつじ座で、ゆみの「み」の字が「未」で、そこそこ、ひつじと縁の深いひつじ女です。そんなこともあってか、どうかわかりませんが、今年は特に成長できる年であればと思っています。

というわけで、今年の抱負は「原点回帰」です。私は、臨戦状態でないとダメな人間で、状況に慣れてしまったりとか、緊張感がなかったりすると、すぐ、角のないひつじになってしまうのです。チェコに住み始めて8年目になり、生活や言葉、文化、人たちにも慣れてきてしまっている頃なので、もう一度、初心に戻って、自分が知らない間に作っていた限界点とか、経験を積んだことで作りあげてしまった、こういった物だろうといった暫定的な価値観など、少しでも壊して、戦う姿勢で生活していけたらと思っています。

それに、今年は今までの人生の中でも一番忙しく、移動が多い年になりそうです!毎月、チェコ以外のどこかの国に行くことになりそうです。引き篭っての仕事もかなりしないとダメそうなので、その辺の精神状態も健康的にもっていけたらいいなあと思っています。1日1日の時間や感覚を、1つ1つのプロジェクトを、出会える人達との縁を大切に大事に生きて行けたらと思っています。

これからも未熟者ですが、よろしくお願いいたします。2015年も皆さまにとって幸せな1年でありますように!




おまけですが、2014年のクリスマスプレゼントに1年間有効の(1年のうち好きな3ヶ月間教習所に通えるといったもの)車の教習所のコース?をもらいました。かなりビックリしました。数年前から、もしかしたら、大学生の頃から、となきゃとらなきゃ…と、ネタ的に言いつづけてきた車の免許ですが、結局のところ本当にとらなきゃ!とは思っていなかったのかもなのです。現実的に通わなければ行けなくなって、ビビッてます。

仕事のスケジュール的に6月頃から通おうかなーと思っているのですが、学科試験の本をめくると眩暈のする量のあるチェコ語で綴られた問題達…。いったいどうなるか、全くわかりませんが、来年の今頃には免許を持った人になっているのでしょうか…?


「Setkání pod mostem(橋の下の出会い)」!

ファイル 200-1.jpg展覧会「 Setkání pod mostem (橋の下の出会い)」が始まりました!!オープニング・パーティーには、沢山の人にお越し頂き幸せな時を過ごすことができました。展覧会は、1月10日まで続きます。プラハ在住、またはプラハへお越しの際は、ぜひ見ていただけたら嬉しいです!

ファイル 200-2.jpg準備期間が本当に短かったので、かなりヒヤリとしていましたが、なんとか無事に展覧会を開催することができました。今回の展覧会ですが、10月に飯田橋・パペットハウスで行った「Story of puppetⅡ」に引き続き、人形作家・佐久間奏多さんの企画で呼んでもらった形での参加でした。

ファイル 200-3.jpgファイル 200-4.jpgファイル 200-5.jpg奏多さんと、私の縁は不思議なもので、まず、日本の卒業大学・東京造形大学が同じなのです。学年は2つ違うので面識はなかったのですが、当時の奏多さんは、髪の毛が緑色で弁髪だった時期もあったらしく、そんな人と大学内ですれ違った私には、記憶(「あっ、緑色の弁髪だ!」的な…)が残っているのです。

チェコに行きたいと思っていた私は、世界的に活躍している人形劇家・沢則行氏の紹介で、奏多さんと知り合いになりました。その後、私はDAMU(チェコ国立芸術アカデミー劇場学部人形劇舞台美術学科)へ進んだのですが、その時、師事した・ペトル・マターセック教授も同じだったのです。私がDAMUへ入った時には、奏多さんは卒業していたのですが、チェコについて右も左もわかってなかった私に、チェコの生活、演劇の初心者だったので演劇全般、大学のシステム等、沢山のアドバイスをしてもらいました。

料理もプロ並に上手で、定期的に食事会に呼んでもらっては、おいしいご飯をご馳走になっています。先輩でもあり、同業者ということもありライバル関係にもありますが、やはり奏多さん夫妻は、チェコの両親的な、兄的な感じでもあります。

数え切れないヘルプを頂いてきましたが、色々と思い出してみると、特にその中でも大きかったなーというのが、国家試験対策ノートです。チェコの大学は、大学卒業時に国家試験なるものを受けないといけません。これに合格をしないと、卒業・修了資格を与えてもらえないのです。おもしろい事に、出題問題は40題ぐらいあって、事前に提示されるのです。事前に問題がわかるなら楽じゃないか!と思いきや、結局のところ、演劇の起源から現代の演劇まで全般を理解してないと答えられないような問題になっているのです。

天才ペトル・マターセック教授については、いつか書きたいと思っているのですが、教授はこういった試験に対するケアは全くなく「由未!国家試験では、自分のフィールドで戦え!」のアドバイス一言だけだったのです。(例えば、韓国人で学年は1つ上だった同級生のスーホの教授は、夏休みの間ずっと特別授業的に、国家試験の勉強を一緒にしてくれていました…)

国家試験というものがいったいどんなものだか想像もつかず、どこから、何に手をつけていいのかわからなかった時に、奏多さんが自分で国家試験用に勉強したノートを貸してくれたのです。しかも、奏多さんは首席で卒業したということもあり、かなり大助かりの内容でした。さらには、日本人が首席!といういい流れを崩したくないなーといったプレッシャーもあったので、必死に勉強したのを覚えています。

試験は、面接方式で、40題の問題からくじ引きで2題選んで、出題問題につて教授陣、外から呼ばれてくるゲスト審査員の前で討論するような感じです。(私の時のゲスト審査員は、アニメーション監督イージー・バルタ氏や、チェコを代表する演出家・映画監督・役者であるミロスラフ・クロボウト氏でした。日本では、「Alois Nebel」の主演をされているので、その辺りで有名でしょうか?)奏多さんの必勝ノートのおかげもあり、選んだ問題も、私にとっては凄く有利な内容だったので、生まれて初めて首席という形で卒業することができました。次に、DAMUへ入ってくる日本の方がいたら、奏多さんのノートをベースに、私も色々とプラスしたので、そんなスペシャル・ノートが待っています!

今回の展覧会のタイトル「 Setkání pod mostem (橋の下の出会い)」は、奏多さんの奥さんで画家のエヴァちゃんが考えてくれました。これには、色んな人との一期一会な出会いが、ギャラリーと人形を通してできればという想いがつまっています。今回の展覧会を通して改めて、奏多さんとの出会いを思い出して、本当に色々と感謝だなあと考え直す切掛けにもなりました。

そして、オープニング・パーテイーでは、尺八奏者の大迫晴山さんが急なオファーにも関わらず素敵な曲(テレマン作曲の、無伴奏フルートの為の12の幻想曲)を弾いてくれました!本当にありがとうとございました。

展覧会が始まったので、一つ区切りができました。が、色々なプロジェクトが混線しだしてきているので、心を切り替えて挑まないとです。1月末―2月中旬までに形にしなければいけないものが2つ。一つは、以前書いた「アンネの日記」です。演出家はゾヤ・ミコトバーさん、これで一緒に作る劇は、8作品目です。いつも願っている事なのですが、少しでも成長した形で彼女の隣に立てればと思っています。そして、もう一つは、アメリカのプロジェクト「Mysterious Lake」です。詳細は後日書きますが、かなり大きな戦いになりそうです。日本から帰ってきてから、ひきこもり状態なのですが、この生活もまだまだ当分続きそうです…。精神状態をいい感じでたもてられたらと思ってはいるのですが。

     

そして、余談ですが、骨折しました。
正確には、骨折していました…。人生初骨折です…。
そんなに、大げさなものではないのですが、左足の薬指の基節骨のところです。
今でもかなり鮮明に覚えているのですが、12月1日に普段置いていないところに置いてあった、板に足をぶつけたのです。かなり痛かった上に、物凄く腫れたのですが、足の指はなんとか動いたので、ただの打身だ!と思っていました。昨日、オープニングパーテイー時に、ちょっとヒールのある靴をはいて帰り道歩いている時に、「あれ?なんかへんだぞー。ただの打身にしては、随分痛みが長引いてる上に、おかしな激痛がはじるじゃない。やだなー。こわいなー。」といった感じになり、今日病院で検査をしてきたところ、骨折ということがわかりました…。

先生にも、「なぜ、もっと早くこなかったの?」と聞かれたのですが、「痛かったですが、耐えられない痛みではなかったし、まさか、折れているとは…」みたいな、変なやりとりになってしまいました。いずれにしても、石膏等で固定をできる部分ではなく、6週間ほどで完治とのこと。大病院の救急だったので、かなりあっさりした診察だったので、専門的なお医者さんに行こうと思っています。

写真1・人形作家・佐久間奏多氏!
写真2・この2枚の写真を、橋の下の出会いといった感じで、橋の形がなんとなく繋がっている感じにする予定だったのですが、2枚とも橋の角度が同じになってしまうという致命的ミスをおかしてしまっているのです。わざわざ、違う場所で撮ったのに。。
写真3・人形屋さんの奥の小さなスペースでの展示です。
写真4・展示風景
写真5・。。。 10日経っているので、腫れはかなりひいています。


「Setkání pod mostem(橋の下の出会い)」展のお知らせ!

ファイル 199-1.jpgファイル 199-2.jpgプラハへ帰ってきて2週間とちょい経ちました。プラハは、気温も毎日0度から2度ぐらいで、だんだんと冬になっています。色々とバタバタしています。。

12月10日より、1月10日まで、プラハのMarionety Truhlář (web)にて、人形作家・佐久間奏多さんと小さな展覧会「 Setkání pod mostem (橋の下の出会い)」を開催予定です。今年は、奏多さんと一緒に展覧会をするのは、飯田橋パペットハウスさんでの「Story of puppet」に引き続き2回目です。

他のプロジェクトも、始まりだしています。今年の冬は、2つのパフォーマンスの演劇用の人形制作に追われそうです。一つは、3月にプレミア予定の「アンネの日記」です。(私は増補新訂版を読んでいます)。テキストは、日本滞在中から、ちょっとずつ読んでいるのですが、パパッと読める内容ではなくてかなり苦戦しています。そもそもが、日記です。そして、アンネの日記には、彼女の声にならない心の叫び、鋭いナイフのような批判・感情、悲しくなってしまう願いがあふれています。心が、本当にデプレッシブな感情に引きずりこまれます。どう、彼女を取り込んで、どう人形に創り上げるかこれからの課題です…。

最近、気がついたのですが、私が今まで関わってきた演劇のプロジェクトは、大概、なんだかテーマが、暗かったり、重かったり、残酷だったり…です。なんか、ザ☆コメデイー!みたいな仕事がきたためしがありません…。ふかーい根っこの部分の暗さが、こういうテーマを引き寄せているのしょうか…。

アンネも心をえぐられるテーマですが、「姨捨山」を作ったときもかなり堪えたの思い出しました。今村昌平監督の映画「楢山節考」が、インスプレーション(フランス人ダンサーが選びました…)だったのですが、今でも私が見た映画の中でのトラウマ度、ダントツ1位です。いずれにしても、心を強くして望まないとです。

また、展覧会「 Setkání pod mostem (橋の下の出会い)」は12月10日、18時よりオープニングパーテイーをします。プラハご在住の方は、ぜひぜひお越し下さい!!現在、鋭意製作中です!


プラハへ帰ってきました!

ファイル 196-1.jpgファイル 196-2.jpg無事に一昨日の晩、プラハへ帰ってきました。1ヵ月半の日本滞在でしたが、あっという間に時間がすぎてしまった感がありますが、一方で、本当に濃い1ヶ月半だったので、日本に着いた日を思い出すと遠い過去のようで不思議な感じです。

ファイル 196-3.jpgファイル 196-4.jpgファイル 196-5.jpg今回は、短い滞在時間に4箇所で展覧会をするというタイトなスケジュールを組んでしまったこと。さらには、展示をしていない時は、金沢や九州に旅行へ行ったりとバタバタでした。また、横浜にいるオフの日は、尊敬する先輩アーテイストの方々や同期の作家さん、友人達と会ったりと、落ち着いて家にいる日が全くありませんでした。毎回、帰ってきては、このスケジュールの組み方に、家族にはブーイングを頂いています…。そして、今回も会いたいと思っていたのですが、うまくスケジュールを組めず、会えなかった人が沢山いました。次回帰るときは、もっと落ち着いた感じで帰れたらなと思っています。

楽しみにしていた日本滞在。展覧会のおかげもあり沢山の人に会えて嬉しかったです。会期中には、足をお運び頂き本当にありがとうございました。昨年、長野県飯田市でワークショップをさせてもらった縁で飯田の方も沢山来てくれました!長野県は、今私が住んでみたい日本の県1位です!京都からも来て頂きました。九州の展示でも、長崎や熊本といった遠方から来てくださった方もいました!本当に幸せです!そして、沢山のお土産を頂き、ありがとうございました!甘いものは、滞在中に家族とおいしく頂きました!

プラハに持って帰れたものをいくつか紹介出来ればと思います。まずは、日本を代表するストップモーション・アニメーターである峰岸さんから頂いた、大分県臼杵市の久家本店さんの大吟醸!!!涙 このお店は、私の曽祖父が働いていたと思われる酒屋さんで、ずっとずっと気になっていたのです。大切に、飲みたいなと思っています!そして、今回、金沢旅行でお世話になった、写真家・中乃波木さん(のはちゃん)のお母さんである陶芸家・中十七波さんから頂いた十七波さん製グラス!チェコのビールで頂こうと思います!九州の展示でお世話になった501FURNITUREの渡辺圭さんと谷口直子(ナオチャーク)のかわいい息子さんの1歳の誕生日の記念についた紅白餅も頂きました!中高校時代に属していた剣道部の先輩で、わざわざ熊本から小倉の展覧会に来てくれた先輩一家に頂いた熊本ご当地セット!(旦那さんが人形が好きという縁で、私をパペットハウスさんのホームページで見つけてくれて、おそらく十数年ぶりに会えました!)劇団新感線の高橋岳蔵さんから頂いた世界一おいしい、もづくのスープ!などなど、書ききれないほど、沢山の素敵なものを頂きました。重ね重ねありがとうございました。

そして、一番の大きなプレゼントは姉からのアルバムです。

私には4つ上の性格も顔(姉の知り合いには似てるとも言われるのですが)も似てない姉がいます。姉は子供の頃から、とにかくまじめで、努力して勉強をして成績も優秀な人でした。(小・中・高皆勤賞という恐ろしい記録ももっています)大学時代も、4年間で小学校の教員免許と中・高校の教員免許を同時に取ったりで、合計300単位以上をとって卒業をしていました。(ちなみに、私は大学卒業時に必要な最低取得単位だった124単位ジャストで卒業しました☆)

一方、私は、子供の頃から自分の好きなことのみ本気で頑張る。そうではない事は、悪目立ちしないよう、要領よく行っていく。そんなタイプの子供でした。それは、次女気質もあると思いますし、姉が何事も真面目に頑張っている姿を見て、『あのようには、なれないな』と早々に悟ったこともあるかもしれません。

姉は、絵を描くのが本当に上手でしたし、話を考えるのも本当に天才的でした。子供の頃、姉が夏休みの宿題等で提出していた絵本や旅行記等は、本当に大好きな読み物の一つでした。勉強では、勝とう!なんて一ミリも考えたことはないのですが、絵を描くことだけは、姉に追いつきたいと常に思っていたのを覚えています。

今でも思うのですが、両親の期待を一身に背負い姉は教員という職業を選んでくれたおかげで、妹の私は好きなことを出来ているのだなと思います。でも、もしも、姉も自由に道を選べたら、自分と同じような道に進みたかったのではないかと思うこともあります。

そんな、姉。

凄く几帳面でマメな姉。一緒に旅行へ行けば、見えないところでコメントつきのアルバムを旅行中に作ってくれて、旅行が終わって別れる時には、手紙を添えてプレゼントしてくれます。プラハへも一番マメに、ビッシリ文字のつまった手紙をくれるのも姉です。今回も、ほとんど家にいなかった私との写真をピックアップして、コメントつきのアルバムを作ってくれました。中間試験の採点との時期が重なったのにも関わらず、本当に素敵な内容で涙涙でした。

恥ずかしい話ですが、私は姉からこういった素敵なプレゼントを頂いても、あまりお返し(手紙すら)してないのが現状で、手紙に『P.S.因みに…姉は、色々援助しても妹からの見返りは無いのが心理学の通例らしい。』との一文が…。いい歳になっても、家族に甘えてっぱなしなのですが、次回は、もっと家族と過ごせる時間を作って帰らないとです!

そして、プラハへ帰ってきました。

想像していたより、寒くなくて一安心でした。家の前のプラタナスも黄色く紅葉していて綺麗です。でも、フワーといった感じで日本の滞在がすぎてしまったからか、なんだか寂しい気持ちもあります。落ち葉がそういった感傷的な気分をかりたてているのか。

ここ数年のことなのですが、日本にいる間の時間が、現実に起きていることだと認識しているのですが、一方で、白昼夢のような不思議な感覚にもなります。自分が生きてきた日本での記憶と、プラハから想う日本への思いと、現実の日本とに色々とギャップができてしまっているのでしょうか。

今回の日本滞在中、靴を1足買ったのですが、その靴屋さんで靴の修理待ちをしている時にパラリとめくった雑誌のページで、室生 犀星さんの「ふるさとは 遠きにありて 思ふもの」という詩が目に飛び込んで来ました。なんだか、心に深くつきささりました。

私のふるさとは、横浜ですが、きっと日本全体なのかもしれません。

私にとってプラハの生活も、なくてはいけないものになってきています。日本は、大事な家族がいて、会いたい人達が沢山いて、凄く大事な場所で、遠くから想いを募らせる所になっていきつつあるような気がします。っと、なんだか、本当に感傷的になってきています。

期限が迫っているプロジェクトもあるので、心を引き締めなおして、製作に取り組まなければです!

写真1・長崎の鍋冠山公園
写真2・今回の九州旅行で一番綺麗だった佐賀県嬉野市
写真3・佐賀県呼子!
写真4・姉ちゃんとの昔の写真。
写真5・頂きもの!ありがとうございました!


11月1日2日、501Furnitureにて展覧会します!!!

ファイル 195-1.jpgファイル 195-2.jpgファイル 195-3.jpg10月19日日曜日、都立大Gallery Kompisさんにて開催された「Yumi Hayashi, Petao-Design」展が無事に終了しました!!これで、飯田橋・パペットハウスさんでの「Story of puppet Ⅱ」展、茅ヶ崎・カロカロハウスさんでの「スポミンカ」展と東京近郊で開催された3つの展覧会の全てが終わりました。

ファイル 195-4.jpgファイル 195-5.jpg短期間に集中的に多方面で、展覧会を開催すること。Petao-Designというオリジナルブランドを立ち上げたこと。操り人形に慣れ親しんでもらうという人形作りのワークショップを企画したこと。自身にとっては、ちょっとした挑戦にちかい形の展覧会でした。日本で長い間、開催していなかったのですが、おかげさまで沢山の方にご来場いただきました!心より御礼申し上げます。

今回、Gallery Kompisで行った展覧会のコンセプトは、「人形を身近に感じてもらう」ということがキーワードでした。それは、Petao-Designのコンセプトとも共通しています。

そして、Gallery Kompisでの展示がPetao-Designのデビュー展となりました。まだまだ手探りな状態ですが、私達夫婦2人で試行錯誤をしながら製作しています。

Petao-Designとして「商品」を作るということについて、2人で沢山話し合いしました。量産はできませんが、私達がたどり着いた答えは、「同じデザインでも1つ1つ違うこと、作った時間、素材によって、大きさも、表情も微妙に違い、個性を発揮する味わいを大事にしよう」という結論にいたりました。そんなところを、見て頂いて、楽しんでもらえれば、嬉しいなという想いをこめて製作していました。

そして、Petao-Designプレゼンツのワークショップ。

アイデアも主人と私とで色々な議論して決まりました。今回は、チェコ特有の伝統的な操り人形の形である、「鉄柱入りの人形」を実際に作って、操ってもらって、慣れ親しんでもらおうと思いワークショップを企画しました。初めての内容だったので、どこまで要領よくできるか、自分でもハラハラしていたのですが、参加者の皆さまの器用さ・熱意に本当に助けられました。それにしても、参加者の方々が思い思いに作られた人形達の素敵なこと!そのまま、商品になるのでは!といった人形も沢山ありました。後日、アップできたらと思っています。

さらには、ワークショップが展覧会の1週間前という、かなり遅い告知にも関わらず、フェイスブック等の宣伝のおかげで、後半は、定員を越えるほどのご応募がありました。次回は、この反省を活かせたらと思っています。

展覧会は、なんとなく終わり…と思いきや、なんとまだ続くのです!

11月1日と2日、福岡県北九州、小倉にある501FURNITURE(>web)の3周年の記念イベントにて、展覧会をする運びとなりました。展覧会にワークショップに!と大忙しの2日間になるかと思いますが、多くの方々に来場して頂ければ嬉しいです!私の作品も、Petao-Designも初九州上陸です!私自身、ほとんど九州に知り合いがいないので、九州に(特に北九州に!)お知り合いの方がいましたら、ぜひ、宣伝をして頂けると嬉しいです!!

また、小倉経済新聞にも紹介して頂きました!>新聞


Gallery Kompis 「Yumi Hayashi, Petao-Design」展始まりました!

ファイル 194-1.jpg先週土曜日、飯田橋のパペットハウスさんにて開催された「Story of puppet Ⅱ」展が無事終了しました!今回日本で開催する4箇所での展覧会の準備は、思った以上に色々と大変でしたが、本当に多くの人に会えることができ、そういった疲れを吹き飛ばす素敵な時間を過ごすことができました。お忙しい中、お越しいただいた皆さま、本当にありがとうございました!!

ファイル 194-2.jpgファイル 194-3.jpgそして、昨日14日に、カロカロハウスで開催中の「スポミンカ」展も無事に終了しました!会期中には、ただ作品を出し合って行われるグループ展にならないよう、私達の繋がり、人間関係も一緒に知って頂こうと、漫画などを作ってみたりもしました。また、このメンバーで、何かおもしろい事ができればと思っています。

ファイル 194-4.jpgファイル 194-5.jpgそして、昨日より都立大学・Gallery Kompisにて「Yumi Hayashi, Petao-Design」展が始まりました。台風で、搬入がどうなるか心配しましたが、無事にオープンできました!!Kompisさんでの展示は、展覧会というより小さなお店みたいに!をコンセプトに展示しています。10月19日日曜日まで会期中無休で、11時から19時まで。私は会期中、全日在廊しています。そして、主人ペトルも16日から在廊しています。

また、会期中はオープン・ワークショップと題し、初心者向けの「鉄柱入り操り人形」を開催しています。ご興味がありましたら、ぜひご参加下さい!予約で、時間帯によっては席がうまっておりますが、平日は比較的余裕がございます。人形のベースに、色をつけたり服を着せたりして、オリジナルの人形を作ってください!

日本へ帰ってきて早2週間。本当に怒涛の日々でした。昨日、Kompisさんでの「Yumi Hayashi, Petao- Design」展が無事にオープンして、少しホッとしています。自分で決めたスケジュールなので、不平不満は言えないのですが、(むしろ巻き込まれている家族に謝らなければいけないのですが)結構ハードでした。

そして、そんなヘトヘトな私をかなり癒してくれているのは、天使の姪っ子ちゃんです。1週間ぐらい顔を合わせるようになってから、だんだんと心を開いてくれるようになりました。まだ、抱っこ等はさせてもらえませんが、一緒に遊んでくれます。特に、かくれんぼがかわいくて、私が隠れていて見つからないと「ありーーーー??」なんてかわいい言葉を発しながら必死に探してくれます。完全に骨抜きです。

Gallery Kompisさんでの展覧会は、今週19日までです。皆さまのお越しを心よりお待ちしています!!!

写真・1 今回の展示に出品中の作品。夫・ペトルに、昨年旅行したインドとネパールの影響が強いのではと言われました。たしかに、ゾウはガネシャ?色味はなんとなくインド?町並みは、ネパールで訪れた、ブンガマテイという街ににています。

写真・2 夜のGallery・Kompis このガラス張りに一目ぼれで、今回このギャラリーで展示をしたいと思いました。

写真・3 写真・4 ワークショップの製作風景です。洋服も簡単なものは、私の母が縫ってあります、

写真・5 完成品!本当に素敵な人形達になりました!


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