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近況報告・2月

ファイル 209-1.jpgファイル 209-2.jpgファイル 209-3.jpgファイル 209-4.jpg先日パフォーマンス「アンネの日記」のアンネの人形を納めてきました。作るのも大変でしたが、等身大だったので持って行くのも大変でした…。人形に見えないよううまく包んでいったのですが、気がついた人には、想像通りの顔で驚かれていました…。(プラハから直通の快速電車に乗り4時間ちょっとかかりました…。)

「アンネの日記」は、プラハから300キロぐらいスロバキア国境に近い街・uherske hradisteにあるslovacke劇場(>web)で上演されます。プレミアは、3月28日で、今月の11日に顔合わせがありリハーサルがスタートしました。演出家は、ゾヤ・ミコトバーさん。舞台美術は、マリエ・イラースコバーさん(ゾヤさんと同じくJAMUの教授で、舞台美術学科でも教鞭をとっています)です。イラースコバーさんは旦那さんと共著で、チェコの人形についての素晴らしい本「Loutka a Moderna」を出版されていて、いつか会ってみたいなと思っていたので、こうして現場で会えて凄く嬉しかったです。私は、人形制作として参加しました。

アンネの人形は、色々な意味で難しかったです。一番には、現実に存在した人をモチーフに製作しなければいけなかったということでした。そして、彼女の生きた運命、性格、考えや哲学、彼女の持つ内なる強さ、リアルアンネを作るという方向よりは、そういった彼女の存在が象徴的に表現できればいいなあー、、といった事を考えながら作りました。

等身大の人形を作るのは、パフォーマンス的には4作品目で、これまでの経験・反省点を活かしつつ、改良点、新しく考案したシステム等をかなり織り込めたのではないかと思います。 また、アンネという生命の重さを表現するために、できるかぎりの部分で木材を使って作りました。そのせいもあり、重量が結構いってしまったので、リハの経過を見て軽量化していこうと思っています。

それにしてもアンネ、アンネです。彼女には、かなりのエネルギーを、心を、感情を吸い取られた気がします。今は、私の手から離れ、劇場のカツラを担当している人と衣装縫製をしている人の手に渡り、寂しくもありちょっとホッとした面もあります。どんな劇になっていくのか、凄く楽しみです。

少しブレイクしたいところですが、「Mysterious Lake」の期限が差し迫っています。今月末は、初ニューヨークです!!それまでに越えるべき山が結構あるので、気を抜かずに製作に集中しなければです。

お知らせが一つあります。私がDAMU(チェコ国立芸術アカデミー劇場学部)に在籍していた時の、劇人形の彫り・人形のシステムの授業教えていたヤロスラフ・ドレジャルさんが、東京飯田橋のパペットハウスで、ミニ展覧会が開催されています。(>web

ドレジャルさんは、チェコを代表する木彫造形作家の一人です。その豊富な経験値という点でも、ドレジャルさんを超えるチェコ人の彫り師はいないと思うのです。チェコの人形劇現場では、舞台美術家が舞台とともに人形のデザインをするケースが多いです。なので、大きな人形劇場には、人形を作る環境を含めた工房があります。ドレジャルさんは、そういった人形劇場の中でも世界的に最も有名な人形劇場の一つ、DRAK劇場(のさらには黄金時代だったとき)の工房で24年間、人形制作、人形のシステム部門の責任者をやっていたのです。意外と知られてないですが、伝統的とされているチェコの木彫人形の基礎ルールの中に、ドレジャルさんが考案したシステムが結構あるのです。

チェコの人形史において伝説的な存在である、舞台美術家・木彫造形作家フランテイシェック・ビーテック氏の下で働き、私のDAMU時代の教授であり、チェコの人形劇が世界的に有名になる起因となった舞台美術家ペトル・マターセック氏や同じくDAMUの教授であり舞台美術家パベル・カルフス氏、DAMUの教授であり舞台美術家だった故アロイス・トマーネック氏などチェコを代表する舞台美術家達のデザイン画をもとに、舞台人形を製作していたのはヤロスラフ・ドレジャルさんです。また、個人としても、舞台美術家として多くのパフォーマンスを作られています。例えば、カルフスさん演出でリベレッツのナイブニー劇場で上演されている「Jak chodil Kuba za Markytou」や「Tři přadleny」などの劇を製作されています。Youtubeでパフォーマンスを見つけました。(>video・1>video・2

多くの天才達と共に働いてきたドレジャルさん。個性あふれる舞台美術家達のデザイン画を現実に人形として創り上げていたにもかかわらず、自分のスタイルを全くもって見失わない強い個性がありました。というのも、ドレジャルさんは、毎日の落書きを欠かさないのです。昔のファックス用紙に永遠に描き続けられているシュール・レアリズムならぬ、ドレジャリズムの世界。

そんなドレジャルさんの人形が、東京・飯田橋のパペットハウスさんでご覧になることができます!展覧会期間は、2月28日までだそうです。お時間のある方は、ぜひご覧いただけると嬉しいです!

写真1・冬の心の拠り所。毎週固形のえさを2個づつ近所の公園にしかけています。シジュウカラの近縁のParus majorが食べている姿を見るだけで、何か幸せな気持ちになります。
写真2・アンネ!!
写真3・アトリエのドレジャルさん。コーヒー飲めない私には毒に近い、物凄い濃いコーヒーを飲みながら、アイデア出しをする机です。
写真4・ドレジャリズムのアイデアスケッチ


近況報告・1月

ファイル 208-1.jpg1ファイル 208-2.jpgファイル 208-3.jpgファイル 208-4.jpgファイル 208-5.jpg月もあと少しで終わりです。ひゃー

先月から、「アンネの日記」と「Mysterious Lake」の製作に取り掛かっています。作らなければならない人形の量が結構多いのと、どれもこれもサイズが大きかったり、システムが複雑だったりで、まだまだ終わりが全く見えない状態です。ひゃー 精神的にはいい感じなのですが、年明けから風邪をひいてしまったりもしたので、製作ペースをもっと上げていかないと来月泣く事になるなあー、やだなー、、といった感じです。

引き篭り生活が続いていますが、先々週末を利用して、「アンネの日記」を演出するゾヤさんと一緒に、アムステルダムへ取材旅行に行きました。オランダは、長いこと行ってみたい国の一つだったのですが、「アンネの日記」を読んでますます行きたいなという気持ちになりました。ゾヤさんと、12月に打ち合わせしている時に、実際に隠れ家を見てみたい事をホロリと言ったら、ゾヤさんも「私も、実は見たかったのよ!」ということになり、急遽行く事になりました。

アンネ達が隠れていた家が、現在『アンネ・フランクの家』として博物館になっています。隠れ家は、何度も図解断面図や平面図を見て想像していたのですが、実際は、私が想像していたより、さらに狭い空間に感じました。一切の装飾を取り払われ、実際に隠れ住んでいた時と同じように明かりを制限された部屋は、本当に何とも言いようがない空間でした。

アンネの話を、最初ゾヤさんから頂いた時、実際に「アンネの日記」を読んだことはなかったのですが、かいつまんだ感じで知っているアンネに関する情報が、イメージの重さといったものが、暗そうなテーマにあまり乗り気でなかったのです。そんな所からのスタートだったのですが、アンネの日記を読んで、彼女の想いに触れ、考える機会を得ることができて本当に良かったなと今は思っています。そして、ゾヤさんとの旅行も、今までツアーや仕事で一緒に旅をする経験はあったのですが、数日間、朝から晩までずっと一緒にいるというのは初めてで、本当に沢山色んな話をしました。思い出に残るような貴重な濃い体験になりました。

また、アンネと並行して進めている「Mysterious Lake」も製作進んでいます。次回にもう少し詳細を書けたらいいなと思いますが、このお話は、かなり妖怪オンパレードなのです!妖怪物はかなり前からやりたかったので嬉しいです!!しかも、演出家さんからは「子供が(妖怪を見て)少しぐらいトラウマになってもよい!」とのお言葉が…!そんなこんなで、自分の幼少期の妖怪的な存在とのコンタクトやトラウマがどんものだっただろうと思い出しながら作業したりもしています…。

たぶん、妖怪という具体的なカテゴリーに出会ったのは、「ゲゲゲの鬼太郎」だと思います。私が子供の頃、「ゲゲゲの鬼太郎」アニメが人気でしたし、ゲゲゲハウスや、ゲゲゲの鬼太郎にでてくる妖怪のきんけし?的なもので遊んでもいました。ただ、鬼太郎を見て(漫画も含めて)トラウマになったことはありませんでした。

子供の頃、トラウマになりつつも繰り返し読むのを止められなかったのは、杉浦茂さん作の「少年地雷也」です。この作品は私が生まれる前のものですが、父が好きで家にあったのです。同作者の、「猿とび佐助」も大好きでしたが、「少年地雷也」はかなり特別で、色んな意味で自由度が凄すぎるといいますか、妖怪というカテゴリーなのかよくわかんない生物とか、表現や言い回しが、絵が、もう色々と子供心にショックで、内部爆発状態になっているのに、読みかえさずにはいられなかった不思議な漫画でした。そんな感覚を思い出しながら製作しています。

期限があるので、楽しんでばかりではいられないですが、結構楽しんでやっています。

写真1.2・アムステルダムの風景 
写真3 アンネ人形の経過です。今はもう少し進んでいます。
写真4 「Mysterious Lake」の人形の一部。
写真5 アムステルダムで滞在していたアパートホテル?の猫。スモーキー。べったり甘えてくるわけではないのに、部屋に帰ると自然とやってきてゴロゴロみたいな感じで凄くかわいかったです。


Winter news

ファイル 207-1.jpgファイル 207-2.jpgNow I’m preparing puppets for performance “The Diary of Anne Frank” and “Mysterious Lake”. Puppets are in human size with different technical details. I hope, I will be able to give off all at time!

During beginning of January we traveled with the director of performance “The Diary of Anne Frank” to Amsterdam, to visit her house “Achterhuis - Secret Annexe”, where she lived in the period 1942-44. The story I knew from books, I saw photos, but reality was stronger. The rooms were been smaller and darker! At beginning I didn’t want to touch topic of Anne Frank, but after reading of The Diary, I was happy for the opportunity to think about life with her and that I could intimately know her thoughts.

In American performance Mysterious Lake mixes present with ancient Japanese time. Here will again live Japanese monsters and mysterious animals. I like very much old Japanese stories and myths. Japanese water sprite “Kappa” or the fox “Inari” are my favorites.


Zimní zpráva

ファイル 206-1.jpgファイル 206-2.jpgNyní vyrábím loutky pro představení „Deník Anne Frankové“ a „Mysterious Lake“. Loutky jsou v životní velikosti s různými technickými detaily, tak doufám, že vše stihnu dodělat a odevzdat.

V polovině ledna jsme cestovali s režisérkou představení „Deník Anne Frankové“ do Amsterdamu, abychom navštívili dům Anne Frankové, kde se schovávala s dalšími sedmi lidmi v letech 1942-44. Příběh jsem znala z knih, viděla fotografie, ale realita byla mnohem silnější. Místnosti byly velmi malé a tmavé! Ze začátku jsem se tématu Anne Frank bála, ale pak když jsem dočetla její deník, byla jsem šťastná, že jsem měla příležitost s ní přemýšlet o životě a že jsem jí mohla důvěrně poznat.

V americké představení Mysterious Lake se prolíná současnost s japonským dávnověkem. Ožívají zde japonské příšery a mýtická zvířata. Mám moc ráda japonské mýty a pověsti. Japonský vodník Kappa nebo liška Inari jsou mým oblíbeným motivem.


2015!!!

ファイル 205-1.jpgHappy new year 2015! I wish you all one year of satisfaction and good healthy condition! Year 2015 is according chinese zodiac – year of the sheep. I was born in the year of the sheep and therefore this year is „my“ sheep year! I know, that I will work on a big projects and that I will for this reason a lot travel. I look forward to have a new experience, to work in new projects and to meet new interesting people. Sometimes I write here about my experience to share with you. Again, I wish you happy new year – akemashite omedetou!


2015!!!

ファイル 204-1.jpgŠťastný nový rok 2015! Přeji vám všem hodně zdraví a spokojenosti! Rok 2015 je podle čínského zvěrokruhu ve znamení ovce. Narodila jsem se v roce ovce, proto to je to „můj“ ovčí rok. Již teď vím, že mě čekají velké projekty a že budu muset pracovně hodně cestovat. Těším se na nové věci, novou práci a na nové lidi, které potkám. Občas se o své zážitky zde podělím.

Ještě jednou štastný nový rok - akemašite omedetou!


2015!!!

ファイル 203-1.jpg2015年が始まりました!!!

ファイル 203-2.jpgファイル 203-3.jpgファイル 203-4.jpgファイル 203-5.jpgもう、いったい何回目のお正月をプラハで迎えたのか「?」だったのですが、過去のブログを見返してみたら今年で8回目みたいです。昨年、どれくらいチェコに住んでいるのか聞かれた時に、「8年住んでいます」と答えていたのですが、今年で8年目だったみたいです…。だんだん、あやふやになっています…。

私は、クリスマスと比べたら、断然お正月、特に元旦が好きです。(日本のお正月が本当に恋しーです。)新しい年が始まる瞬間に、体の芯から気持ちをしゃんと引き締める感じが凄く好きです。今年1年の指針を決める、自分との決意表明的瞬間というかなんというか…。

そして、今年は未年です!
年女の年です!ひゃー

私は未年で、おひつじ座で、ゆみの「み」の字が「未」で、そこそこ、ひつじと縁の深いひつじ女です。そんなこともあってか、どうかわかりませんが、今年は特に成長できる年であればと思っています。

というわけで、今年の抱負は「原点回帰」です。私は、臨戦状態でないとダメな人間で、状況に慣れてしまったりとか、緊張感がなかったりすると、すぐ、角のないひつじになってしまうのです。チェコに住み始めて8年目になり、生活や言葉、文化、人たちにも慣れてきてしまっている頃なので、もう一度、初心に戻って、自分が知らない間に作っていた限界点とか、経験を積んだことで作りあげてしまった、こういった物だろうといった暫定的な価値観など、少しでも壊して、戦う姿勢で生活していけたらと思っています。

それに、今年は今までの人生の中でも一番忙しく、移動が多い年になりそうです!毎月、チェコ以外のどこかの国に行くことになりそうです。引き篭っての仕事もかなりしないとダメそうなので、その辺の精神状態も健康的にもっていけたらいいなあと思っています。1日1日の時間や感覚を、1つ1つのプロジェクトを、出会える人達との縁を大切に大事に生きて行けたらと思っています。

これからも未熟者ですが、よろしくお願いいたします。2015年も皆さまにとって幸せな1年でありますように!




おまけですが、2014年のクリスマスプレゼントに1年間有効の(1年のうち好きな3ヶ月間教習所に通えるといったもの)車の教習所のコース?をもらいました。かなりビックリしました。数年前から、もしかしたら、大学生の頃から、となきゃとらなきゃ…と、ネタ的に言いつづけてきた車の免許ですが、結局のところ本当にとらなきゃ!とは思っていなかったのかもなのです。現実的に通わなければ行けなくなって、ビビッてます。

仕事のスケジュール的に6月頃から通おうかなーと思っているのですが、学科試験の本をめくると眩暈のする量のあるチェコ語で綴られた問題達…。いったいどうなるか、全くわかりませんが、来年の今頃には免許を持った人になっているのでしょうか…?


" Setkání pod mostem "

ファイル 202-1.jpgファイル 202-2.jpgI´m very glad to see you on our exhibition opening "Get-together under Bridge"! Thank you! Our Exhibition is open daily from 10 am to 8 pm. The exhibition runs until 10/01/2015!

(web)


「Setkání pod mostem」

ファイル 201-1.jpgファイル 201-2.jpgVšichni jste mi udělali velkou radost, že jste přišli na vernisáž naší výstavy "Setkání pod mostem"! Děkuji! Výstava začala a bude pokračovat až do 10. ledna 2015. Prodejní galerie Marionety Truhlář u Karlova Mostu (U Lužického semináře 5/78, Praha 1 - Malá Strana) je otevřena každý den!

(web)


「Setkání pod mostem(橋の下の出会い)」!

ファイル 200-1.jpg展覧会「 Setkání pod mostem (橋の下の出会い)」が始まりました!!オープニング・パーティーには、沢山の人にお越し頂き幸せな時を過ごすことができました。展覧会は、1月10日まで続きます。プラハ在住、またはプラハへお越しの際は、ぜひ見ていただけたら嬉しいです!

ファイル 200-2.jpg準備期間が本当に短かったので、かなりヒヤリとしていましたが、なんとか無事に展覧会を開催することができました。今回の展覧会ですが、10月に飯田橋・パペットハウスで行った「Story of puppetⅡ」に引き続き、人形作家・佐久間奏多さんの企画で呼んでもらった形での参加でした。

ファイル 200-3.jpgファイル 200-4.jpgファイル 200-5.jpg奏多さんと、私の縁は不思議なもので、まず、日本の卒業大学・東京造形大学が同じなのです。学年は2つ違うので面識はなかったのですが、当時の奏多さんは、髪の毛が緑色で弁髪だった時期もあったらしく、そんな人と大学内ですれ違った私には、記憶(「あっ、緑色の弁髪だ!」的な…)が残っているのです。

チェコに行きたいと思っていた私は、世界的に活躍している人形劇家・沢則行氏の紹介で、奏多さんと知り合いになりました。その後、私はDAMU(チェコ国立芸術アカデミー劇場学部人形劇舞台美術学科)へ進んだのですが、その時、師事した・ペトル・マターセック教授も同じだったのです。私がDAMUへ入った時には、奏多さんは卒業していたのですが、チェコについて右も左もわかってなかった私に、チェコの生活、演劇の初心者だったので演劇全般、大学のシステム等、沢山のアドバイスをしてもらいました。

料理もプロ並に上手で、定期的に食事会に呼んでもらっては、おいしいご飯をご馳走になっています。先輩でもあり、同業者ということもありライバル関係にもありますが、やはり奏多さん夫妻は、チェコの両親的な、兄的な感じでもあります。

数え切れないヘルプを頂いてきましたが、色々と思い出してみると、特にその中でも大きかったなーというのが、国家試験対策ノートです。チェコの大学は、大学卒業時に国家試験なるものを受けないといけません。これに合格をしないと、卒業・修了資格を与えてもらえないのです。おもしろい事に、出題問題は40題ぐらいあって、事前に提示されるのです。事前に問題がわかるなら楽じゃないか!と思いきや、結局のところ、演劇の起源から現代の演劇まで全般を理解してないと答えられないような問題になっているのです。

天才ペトル・マターセック教授については、いつか書きたいと思っているのですが、教授はこういった試験に対するケアは全くなく「由未!国家試験では、自分のフィールドで戦え!」のアドバイス一言だけだったのです。(例えば、韓国人で学年は1つ上だった同級生のスーホの教授は、夏休みの間ずっと特別授業的に、国家試験の勉強を一緒にしてくれていました…)

国家試験というものがいったいどんなものだか想像もつかず、どこから、何に手をつけていいのかわからなかった時に、奏多さんが自分で国家試験用に勉強したノートを貸してくれたのです。しかも、奏多さんは首席で卒業したということもあり、かなり大助かりの内容でした。さらには、日本人が首席!といういい流れを崩したくないなーといったプレッシャーもあったので、必死に勉強したのを覚えています。

試験は、面接方式で、40題の問題からくじ引きで2題選んで、出題問題につて教授陣、外から呼ばれてくるゲスト審査員の前で討論するような感じです。(私の時のゲスト審査員は、アニメーション監督イージー・バルタ氏や、チェコを代表する演出家・映画監督・役者であるミロスラフ・クロボウト氏でした。日本では、「Alois Nebel」の主演をされているので、その辺りで有名でしょうか?)奏多さんの必勝ノートのおかげもあり、選んだ問題も、私にとっては凄く有利な内容だったので、生まれて初めて首席という形で卒業することができました。次に、DAMUへ入ってくる日本の方がいたら、奏多さんのノートをベースに、私も色々とプラスしたので、そんなスペシャル・ノートが待っています!

今回の展覧会のタイトル「 Setkání pod mostem (橋の下の出会い)」は、奏多さんの奥さんで画家のエヴァちゃんが考えてくれました。これには、色んな人との一期一会な出会いが、ギャラリーと人形を通してできればという想いがつまっています。今回の展覧会を通して改めて、奏多さんとの出会いを思い出して、本当に色々と感謝だなあと考え直す切掛けにもなりました。

そして、オープニング・パーテイーでは、尺八奏者の大迫晴山さんが急なオファーにも関わらず素敵な曲(テレマン作曲の、無伴奏フルートの為の12の幻想曲)を弾いてくれました!本当にありがとうとございました。

展覧会が始まったので、一つ区切りができました。が、色々なプロジェクトが混線しだしてきているので、心を切り替えて挑まないとです。1月末―2月中旬までに形にしなければいけないものが2つ。一つは、以前書いた「アンネの日記」です。演出家はゾヤ・ミコトバーさん、これで一緒に作る劇は、8作品目です。いつも願っている事なのですが、少しでも成長した形で彼女の隣に立てればと思っています。そして、もう一つは、アメリカのプロジェクト「Mysterious Lake」です。詳細は後日書きますが、かなり大きな戦いになりそうです。日本から帰ってきてから、ひきこもり状態なのですが、この生活もまだまだ当分続きそうです…。精神状態をいい感じでたもてられたらと思ってはいるのですが。

     

そして、余談ですが、骨折しました。
正確には、骨折していました…。人生初骨折です…。
そんなに、大げさなものではないのですが、左足の薬指の基節骨のところです。
今でもかなり鮮明に覚えているのですが、12月1日に普段置いていないところに置いてあった、板に足をぶつけたのです。かなり痛かった上に、物凄く腫れたのですが、足の指はなんとか動いたので、ただの打身だ!と思っていました。昨日、オープニングパーテイー時に、ちょっとヒールのある靴をはいて帰り道歩いている時に、「あれ?なんかへんだぞー。ただの打身にしては、随分痛みが長引いてる上に、おかしな激痛がはじるじゃない。やだなー。こわいなー。」といった感じになり、今日病院で検査をしてきたところ、骨折ということがわかりました…。

先生にも、「なぜ、もっと早くこなかったの?」と聞かれたのですが、「痛かったですが、耐えられない痛みではなかったし、まさか、折れているとは…」みたいな、変なやりとりになってしまいました。いずれにしても、石膏等で固定をできる部分ではなく、6週間ほどで完治とのこと。大病院の救急だったので、かなりあっさりした診察だったので、専門的なお医者さんに行こうと思っています。

写真1・人形作家・佐久間奏多氏!
写真2・この2枚の写真を、橋の下の出会いといった感じで、橋の形がなんとなく繋がっている感じにする予定だったのですが、2枚とも橋の角度が同じになってしまうという致命的ミスをおかしてしまっているのです。わざわざ、違う場所で撮ったのに。。
写真3・人形屋さんの奥の小さなスペースでの展示です。
写真4・展示風景
写真5・。。。 10日経っているので、腫れはかなりひいています。


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